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外国企業にとっての中国における職務発明の報奨について

作者:岳雪蘭 | 更新しました:2023-03-24 | ビュー:

1.はじめに

 中国では、知的財産権保護の全面的な強化に伴い、企業のイノベーション活動がますます活発になっている。発明者の意欲を引き出し、より積極的に研究開発に参加させるため、発明者の研究成果を奨励する意識が強くなり、企業内の発明者奨励制度も徐々完備されている。

 なお、研究開発のグローバル化が進んでおり、外国企業が中国で拠点を設けたり、中国現地子会社と連携したりして研究開発を行うことが多くなる。このような状況で、中国で生まれた職務発明について、発明者への奨励はどのようにするかが、多くの外国企業が面する課題である。

 本稿では、実際の事例に基づいて中国における職務発明の報奨制度に関するいくつのポイントを解説する。


2.報奨金を支払う主体 

 中国専利法[1]の規定により、従業員は、会社の任務を遂行し、又は主に会社の物質・技術条件を利用して完成した発明は職務発明である。職務発明に関連する特許出願権や特許権は、最初から会社に帰属する。そして、職務発明について特許権が付与された後、特許権が付与された組織が職務発明者に対して報奨を与えるべきと規定されている。

 職務発明に対する報奨はそもそも雇用関係に基づくものだが、外国企業の場合、中国子会社の従業員による職務発明を親会社に譲渡し、親会社の名義で出願することが多い。その時、発明者が親会社の従業員ではなく、親会社は報奨金を支払うことができないが、中国子会社は特許権者ではなく、専利法の規定により報奨金を支払うべきでもないかとの議論がある。

 3M中国元従業員による職務発明報酬金請求事件[2]では、裁判所は、グローバル企業の中国子会社で生まれた発明について中国子会社が報奨金を支払うべきだと認定した。

 3M社の知財ポリシーにより、3M中国の職務発明に関する権利を3M社の別子会社である3M創新会社に譲渡し、3M創新会社の名義で特許出願する。裁判所は、職務発明者への報奨金支給に関する専利法規定は、職務発明者に対してその貢献に相当する労働報酬を与える趣旨であり、職務発明者の報奨金を獲得する権利は、グローバル企業内部の協議により排除することができないと、意見を示した。3M中国が係争特許の権利者ではないが、本件職務発明者の雇主として発明者に対して報奨金を与えるべきとの判決を下した。

 また、CMECH社の職務発明報奨金請求事件[3]では、裁判所は同じ判断を下した。

 CMECH社は自社の職務発明に関する権利を関連会社であるBETTELI社に譲渡し、BETTELI社はアメリカで特許出願をした後、CMECH社に特許製品の製造を委託し、製造された製品をすべてアメリカに輸出して販売する。裁判所は、専利法に規定された「特許権を付与された組織」とは、発明者と雇用関係を有し、職務発明が完成した時点で職務発明について特許出願する権利を有するべき組織だと解釈し、CMECH社はアメリカ特許の権利者ではないが、発明者との間の雇用関係があるし、BETTELI社の委託により特許製品を製造して実際に利益を得たため、発明者に対して報奨を支払うべきと判決した。

 上記判例から分かるように、グローバル企業内部の知財管理政策がどのようになるのかに関わらず、中国子会社で生まれた職務発明について、中国子会社は発明者への報奨を与える義務がある。

 また、中国子会社の職務発明について中国で特許出願をしなくても、会社はその職務発明により利益をもらえば、発明者への報奨が必要である。 


3.報奨金の内容と支払う時期

 職務発明者への報奨金は、奨励金と報酬金に分けれ、支払条件がそれぞれ違う。奨励金は職務発明に関わる特許が登録した後に発明者に支払うべきだが、報酬金は、特許を実施して利益が得た場合、得られた利益にあわせて発明者に支払うものだ[4]

 発明者にお金を支払ったが、どの名目なのか不明確で、発明者に再度職務発明の報奨を請求されるケースや、特許登録後の奨励金を支払ったが特許実施後の報酬金を支払わないため発明者に請求されるケースが少なくない。

 Lier Chemical社の職務発明報奨紛争事件[5]では、Lier社は研究開発チームのリーダーである原告の仕事を奨励するため、研究成果が出された時点で原告を含むチームメンバーに対して10万元の奨励金を支払い、原告に対してさらに会社の株1%を与えた。原告はその株により3千万元ぐらいの収益をもらった。それにも関わらず、研究成果に基づく特許が登録した後、原告はLier社に対して特許実施による報酬金を請求した。裁判所は、10万元の奨励金や1%の会社の株は、すべて特許出願前に研究開発活動を奨励するものであり、専利法上の職務発明に対する報奨金ではないと認定し、Lier社が特許実施による利益に基づく報酬金をさらに原告に支払わなければならないとの判決を下した。

 研究開発活動を促進するため開発途中で開発者に色々な奨励を与えることがあるが、このような奨励は、専利法に規定された職務発明に対する報奨ではないこと、注意が必要である。紛争を防ぐため、社内規程では、専利法の規定にあわせて奨励金と報酬金の支払う条件と支払う時期を明確に定め、報奨金を支払う際にその名目や職務発明との関連性を明確にしたほうが良い。


4.約定優先の制限

 専利法実施細則の規定により、会社は職務発明者との間に報奨の方式と金額を約定することができ、約定がなければ、専利法実施細則に決めた最低限以上に奨励金と報酬金を支払わなければならない[6]

 そのため、社内で職務発明規程があれば、社内規程に従って報奨金を与えれば良い。また、社内規程で決めた報奨金の金額が法定最低限以上ではなくても良い。「会社が自社の特徴及び必要に応じて、発明者と法定最低基準よりも高い奨励金を約定することができるが、これは会社の自主選択であり、義務ではない。会社と発明者との間に約定された奨励金の金額が法定最低基準より高くても低くても良い」ことは、裁判所に認められる[7]

 しかし、社内規程についてもいくつの制限がある。例えば、職務発明を完成すれば昇進や加給を与えるとの漠然な約定は、具体的な基準が分からないため、専利法実施細則の規定に合致しないと認定し、職務発明は会社の製造コストを削減でき利益を増加できる場合奨励を与えるとの約定は、過剰な条件を付与するため、専利法実施細則の規定に合致しないと認定される[8]

 即ち、約定優先とは企業は自分の都合だけで社内規程を制定できるわけではなく、具体的な金額や支払う方式についてある程度の自由度があるが、全体的な内容は法律の枠組に従う必要がある。


5.まとめ

 中国では、職務発明に関する法規定がそれほど多くはないが、イノベーション活動の活発により、近年、職務発明に関連する紛争が少なくない。外国企業にとって、中国で研究開発活動を展開する際、現地発明者の発明意欲を喚起し、より良い技術成果を出せるように、中国の職務発明制度をよく把握し、それに従って中国子会社のため職務発明規程を制定する必要がある。また、中国の職務発明制度には独特な規定があるため、親会社の関連規定をそのまま中国子会社に適用すれば不都合が生じる可能性があるので、中国の実務を考慮しながら会社の利益と発明者の利益の間にバランスの取れた社内ルールを作ったほうが良い。



注:本文は、MIPの日本バイヤーズガイド2022に掲載されたものである。

[1] 「中国専利法」(2020年改正)。なお、中国の「専利」とは、特許、実用新案、意匠の3者を含む概念である。

[2] (2014)沪高民三(知)終字第120号民亊判決書。

[3] (2018)粤民終1824号民亊判決書。

[4] 「中国専利法」(2020年改正)第15条。

[5] (2018)川民再615号民亊判決書。

[6] 「中国専利法実施細則」(2010年改正)第76~78条。

[7] (2014)三中民初字第06031号民亊判決書。

[8] (2013)深中法知民初字第272号民事判決書。