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自動車業界におけるSEPのライセンス取引について
2025-08-09
作者:金明顺

1. はじめに

近年、自動車産業は CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)と総称される大変革の真っ只中にあります。IoT 化の進展に伴い、自動車は単なる移動手段から「走る ICT 端末」へと変貌しつつあります。コネクテッドカーは高度な通信機能を搭載し、インターネットやクラウドと常時接続されることにより、自動運転や車載インフォテインメント(ナビゲーション、音楽・動画配信など)、車両診断といったモビリティサービスが可能となっています。

この通信機能を支える基盤が、4G・5G といったモバイル通信規格や Wi‑Fi 規格などの国際的な標準規格です。そして、これらの標準規格を実装するうえで回避できない特許こそが「標準必須特許(SEP:Standard Essential Patent)」です。
SEP は通常の特許とは異なり、特許権者は標準化団体(SSO)に対して、Fair(公平)、Reasonable(合理的)、Non‑Discriminatory(非差別的)の条件でライセンス提供する旨の「FRAND 宣言」を行います。これにより規格の広範な普及が保証される一方で、特許権者は自らの技術を規格に組み込むことで安定したライセンス収入を得ることができます。

一方、コネクテッドカーには 1 台あたり 1000 件以上の SEP が関与するとされており、自動車メーカーが SEP ライセンスを取得しなければ、車両の販売に直接的な影響が及ぶ可能性があります。したがって、自動車の IT 化の進展に伴い、自動車業界と SEP 保有者とのライセンス取引が本格化しています。

2. ライセンス慣行の相違

自動車業界と情報通信業界とは、IoT 時代以前に、ライセンス先や交渉の仕組みに大きな相違が存在していました。

情報通信業界の慣行として、スマートフォンやタブレット、ノートパソコンなどの端末メーカーが、完成品全体を対象として SEP ライセンスを一括取得するのが一般的です。例えば、Nokia や Motorola といった端末メーカーは、自社製品に含まれる通信モジュールや変復調部品ごとに、SEP 保有者とライセンス契約を締結してきました。

これにより端末メーカーは知的財産リスクを一括して処理でき、SEP 保有者にとっても交渉相手が限定されることで契約管理の効率が高まります。すなわち情報通信業界では、「端末ベースのライセンスモデル」が長年にわたり確立されてきたのです。

これに対し、自動車業界は構造的に大きく異なります。自動車は数万点に及ぶ部品で構成され、Tier1 サプライヤ、Tier2 サプライヤ、さらにはその下位サプライヤに至るまで、多層的なサプライチェーンを形成しています。そして、完成車メーカーは、それぞれのサプライヤから納品された部品やモジュールを統合して車両を製造しています。

自動車業界では、主に Tier1 や Tier2 サプライヤが、自社の製品に関して必要なライセンスを取得し、ライセンスの取得済みの部品を完成車メーカーや Tier1 サプライヤに納品する形態が一般的でした。これにより完成車メーカーはライセンス問題をサプライヤに委ねることができ、部品ベースでのコスト管理も可能となっていました。

すなわち、自動車業界では「サプライヤベースのライセンスモデル」が長年にわたり確立されてきたのです。

しかし、IoT 時代に入り、自動車の IT 化が進展すると、自動車業界は SEP 保有者から直接 IoT 関連ライセンスを取得する必要に迫られるようになりました。これに対し SEP 保有者は完成車メーカーとの直接契約を求める一方、自動車業界側は従来どおりサプライヤベースのライセンス取得を望む傾向が強いです。

3.IoT 時代のライセンス紛争

上記のように、IoT 時代に突入し、自動車が高度な通信機能を搭載するようになると、SEP ライセンスを巡る摩擦は従来以上に顕在化し、自動車産業と通信産業との利害が真正面から衝突し、国際的な訴訟に発展するケースも生じています。

その代表例が、特許プール Avanci を巡る紛争です。Avanci は 2016 年に設立され、現在では 70 以上の通信関連企業の SEP を集約し、50 社以上の自動車メーカーにライセンスを提供しています。Avanci は、複数の特許を一括して利用可能にする仕組みを採用し、契約交渉の効率化やコスト削減の利点を持つ一方、ライセンス提供対象を完成車メーカーに限定し、サプライヤには直接ライセンスを認めない方針をとっています。

この方針に異議を唱えたのが、自動車部品サプライヤであるコンチネンタル(Continental)です。コンチネンタルは、コネクテッドカーをモバイル環境に接続するための中核部品であるテレマティクス制御ユニット(TCU)について、Avanci からの SEP 一括ライセンスを希望しました。しかし、Avanci が当該一括ライセンスを拒絶したため、コンチネンタルは Avanci および一部 SEP 権利者を米国裁判所に提訴し、当該ライセンス拒絶が FRAND 義務違反かつ反トラスト法違反に当たると主張しました。これに対し Avanci 側は、契約上ライセンスの対象を OEM(完成車メーカー)に限定していると反論しました。最終的にコンチネンタル側は敗訴し、判決は SEP 権利者に有利な形で確定しました。

一方、欧州では Nokia と Daimler(現メルセデス・ベンツ)の間で深刻な紛争が発生しました。Nokia が完成車単位でのライセンス付与を主張したのに対し、Daimler はサプライヤ段階でのライセンス付与を認めるべきだと主張しました。この対立において、ドイツの裁判所は「License to All」(全ての希望者に対してライセンスを付与すべき義務)の解釈を欧州司法裁判所に付託しましたが、当事者間で和解が成立したため審理は打ち切られました。表面的には紛争が収束したものの、「SEP ライセンスを完成車レベルに限定すべきか、サプライヤ段階にも開放すべきか」という根本的な問題は未解決のまま残されました。

これらの事例は、IoT 時代における SEP ライセンス紛争が、単なる契約上の対立を超えて、産業構造全体を巻き込む国際的問題へと発展していることを示しています。

4.SEP ライセンスの新動向

こうした状況を背景に、近年ではライセンスの付与範囲や算定方式について新たな潮流が生まれつつあります。

特に個別企業のライセンス戦略に新たな動向が見られます。例えば HUAWEI の場合、ベンツ(Mercedes‑Benz)、アウディ(Audi)、BMW、スバル(Subaru)といった完成車メーカーと直接ライセンス交渉を進める一方、サプライヤーとも特許ライセンス契約を締結しています。すなわち、完成車ベースとサプライヤーベースの双方を対象とする柔軟な戦略を採用しており、従来の二者択一的な構図に変化をもたらしています。

また、ライセンス料金の算定方式についても、新たな議論が活発化しています。特に中国自動車業界では、2024 年 12 月に発表された文章において、ライセンス料の計算は完成車ベースではなく TCU(テレマティクス制御ユニット)ベースによるべきだとの立場が公式に示されました。このような主張は、サプライヤ段階でのコスト負担を明確化し、完成車メーカーのライセンスリスクを軽減する狙いがあると考えられます。

さらに国際的にも、完成車ベースでの算定方法に対して疑問が呈されています。2024 年 7 月 19 日付日本経済新聞の報道によれば、日本自動車工業会(自工会)を含む欧米や韓国の 6 つの自動車業界団体は、米特許プール Avanci に対し、5G 規格に必要な SEP を巡り、ライセンス料の算定根拠について説明を求める質問状を公開しました。Avanci は 4G・5G 関連特許を集約し、自動車各社とのライセンス交渉を担っており、現段階で自動車 1 台あたり 32 ドル(5G の場合)の利用料を提示しています。これに対し Avanci は、「驚いている」との声明を発表し、団体から事前に質問を受けたことはないとしたうえで、団体に加盟する自動車各社がすでにライセンス契約を検討または締結していると強調しました。

このように、SEP ライセンスを巡っては、完成車ベースとサプライヤーベース双方における交渉戦略の柔軟化や、ライセンス料算定方式を巡る国際的な議論の活発化が現れています。これらの新しい動向は、今後の自動車産業における SEP ライセンスの在り方を方向づける重要な要素となりうるです。

5. 今後の展望

自動車産業が CASE 革命の中で急速に IT 化するにつれ、SEP ライセンスを巡る議論は今後ますます活発化すると見込まれます。従来の ICT 業界における端末ベースのライセンスモデルと、自動車業界におけるサプライヤベースのライセンスモデルとの摩擦は、IoT 時代の進展により一層鮮明となりました。今後は、この産業構造の違いを前提に、両者の利害をいかに調和させるかが、自動車産業の持続的発展に向けた重要な課題となるでしょう。