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悪意のある特許侵害訴訟 の認定及び企業の対策
2025-02-09
作者:岳雪蘭

知識経済の発展にあたり、特許は知的財産権の重要な構成要素として、企業の技術革新と市場競争に極めて重要な役割を果たす。中国では、知的財産権保護の強化に伴い、特許出願件数が継続的に増加し、特許侵害訴訟も激しく増加している。このような状況のなか、一部の権利者が法律の規定を超えて自分の知的財産権を不当に利用し、競合他社の利益を損なう目的で悪意をもって特許権侵害訴訟を提起し、公正な競争を妨げる現象も見られる。
最高人民法院が公表したデータによると、悪意を持って提起された知的財産権訴訟による損害賠償責任紛争の第一審事件数は、2022 年の 74 件から 2023 年には 152 件へと 105.41% 増加した。
悪意による知的財産権侵害訴訟の提起は、被告側に巨額の経済的損失や時間的コストをもたらし、通常の生産経営活動を妨害するだけでなく、市場の公正な競争秩序を破壊し、司法の権威と信頼性を損ない、貴重な司法資源を浪費する。
このような状況を踏まえ、中国特許法第 4 次改正においては、「特許の出願及び特許権の行使は信義誠実の原則に従わなければならない。特許権を濫用して公共利益または他人の合法的権益を損なってはならない」とする信義誠実原則が導入された。
本稿では、近年発生したいくつの悪意訴訟事例を紹介し、企業が正当な権利行使を行うための助言を提供する。


1.知的財産権悪意訴訟に対する司法規制
中国の「民法典」、「民事訴訟法」、「特許法」、「商標法」などの法律には、いずれも信義誠実の原則や権利濫用の禁止に関する規定が含まれる。
最高人民法院は 2011 年に「民事事件案由規定」を改正し、「悪意による知的財産権訴訟損害賠償責任紛争」という新たな案由を追加し、悪意訴訟により損失を被った被告に対して救済ルートを提供した。
そして、2020 年 4 月に公布された「知的財産権司法保護の全面的強化に関する意見」において、最高人民法院は、「不誠実な訴訟行為を法的に制止する。悪意による知的財産権訴訟損害賠償責任紛争を適切に審理し、弁護士費用を含む合理的な支出の損害賠償請求を法的に支持する。知的財産権事件の管轄に関する規則による指導効力を強化し、管轄権の接続ポイントの人為的創出や管轄権異議申し立ての濫用などによる訴訟遅延行為を規制する。裁判所命令違反、証拠偽造、悪意訴訟などの不誠実な訴訟行為者を全国信用情報システムに登録することを検討する」と表明した。
2021 年 6 月、最高人民法院は、「知的財産権侵害訴訟において被告が原告の権利濫用を理由に合理的支出の賠償請求に関する批答」を発表し、悪意により訴訟を提起した原告に対し、被告が当該訴訟により支出した合理的な弁護士費用、交通費、宿泊費などの賠償を請求する場合、人民法院がこれを支持することを明示した。
これらの一連の法規及び政策を通じ、中国の裁判所は知的財産権悪意訴訟行為を固く規制し、権利者が法的枠組み内で権利を適正に行使するよう導く姿勢を示している。


2.典型な事例の紹介
2.1 上場妨害事件 ((2023) 最高法知民終 2044 号)
L 社の上場準備段階で、同社の同一製品に対し、K 社が権利侵害訴訟を 3 度提起した。前 2 回はいずれも係争特許が無効宣告を受けたため訴えが却下され、第 3 回目の訴訟では K 社が 2,300 万元の賠償を請求した。L 社は K 社の訴訟が悪意訴訟であるとして反訴を提起した。
裁判所は、K 社の訴訟行為が悪意訴訟に該当すると認定し、損害賠償と謝罪広告を命じた。判決では、以下のことを認定した。
K 社の提訴前に、国家知識産権局は、係争実用新案について、「専利権評価報告書」では「全ての請求項に進歩性なし」と結論付けた。K 社はこの評価報告書について期限内に異議を申し立てず、同報告書を裁判所に提出せずに訴訟を提起した。このことから、K 社は本件訴訟を提起する際に、自分の訴えに法律根拠と事実根拠がないことを認識していたを確定できる。また、K 社は過去の 2 回の訴訟で被疑製品の価値や賠償金の算定方法を把握していたにもかかわらず、本件訴訟に異常に高額で合理性のない賠償金を請求したことから、正当な権利行使ではなく、L 社の上場プロセスへの悪影響を意図した悪意が認められた。L 社は上場のため 2 年わたり上場準備をし、各種費用を 1 千万近く支払った。L 社の IPO 申請が審理される段階で、K 社の権利侵害訴訟により、L 社の上場プロセスが一旦中止され、多大な損失を被った。
以上の事実から、K 社は自社の権利基礎が不安定であることに伴う訴訟リスクを無視し、被疑侵害製品の侵害有無が容易に判断可能かつその実質的価値を認識していたにもかかわらず、L 社の上場プロセス中に本件侵害訴訟を提起し、明らかに支持を得られないが L 社の上場プロセスに影響を与える賠償額を請求した。これらの要素を総合すると、K 社が本件特許侵害訴訟を提起した行為は正当な権利行使ではなく、L 社の上場遅延と権益侵害を意図した悪意訴訟であることが十分に示される。
2.2 誘導的な証拠収集事件 ((2022) 最高法知民終 2586 号)
X 社は、「レーン構造」に関する実用新案権の権利者として、Z 社の製品が侵害品であることを証明できる初步的証拠がない状況で、Z 社に特許技術を記載した図面を提供し、サンプル生産を依頼し、そのサンプルを購入した。その後、Z 社の製造したサンプルをもって、権利侵害訴訟を提起した。裁判所はこの行為を「犯意誘導型の立証」と認定し、悪意訴訟に該当すると判断した。
裁判所は、X 社が訴訟権利を慎重に行使せず、訴訟行為を通じて他者に不必要な損失や経営困難を引き起こす意図を持ち、その行為が正当な権利行使の合理的範囲を明らかに超え、主観的に顕著な悪意を有すると認定した。これにより、X 社の行為は悪意による知的財産権訴訟の提起に該当すると判断した。
2.3 繰り返し提訴事件 ((2022) 最高法知民終 1861 号)
S 社は F 社の生産する流量計が自社の特許権を侵害しているとして、10 年以上にわたり F 社に対して 4 度の訴訟を提起した。この過程において、係争特許は年費未納等の理由により権利消滅が宣告されたが、S 社はこれに対し行政訴訟を提起したものの、その後当該訴訟を取り下げた。その後も同社は消滅した特許権を根拠に、第三次訴訟及び第四次訴訟を提起した。F 社は S 社の第三次、第四次の訴訟が悪意訴訟に該当するとし、裁判所に提訴した。
第一審裁判所は、S 社が権利基礎の欠如を認識しながら特許侵害訴訟を提起し、F 社に損害を与える故意をもって訴権を濫用したと認定し、知的財産権悪意訴訟の成立を認めた。第二審裁判所は、悪意訴訟の成立要件として、①提起された訴訟が明らかに権利基礎または事実的根拠を欠いていること、②提訴者がこれを認識していること、③他者に損害を与えたこと、④訴訟と損害結果に因果関係が存在すること、を挙げた。本件において特許権者が年費未納により特許権が消滅したことを承知しながら訴訟を継続し、他社に損害を与えたとして、悪意訴訟の成立を認定した。


3.悪意訴訟の認定基準
一連の判例から、裁判所は悪意訴訟の認定に「四要件説」を採用していることがわかる。
①主観的悪意:権利者は事実上の根拠や法律上の根拠がないことを知りながら訴訟を提起すること。例えば、特許権が消滅した後特許権侵害訴訟を提起すること、あるいは、従来技術について特許出願をして特許権侵害訴訟を提起することがあげられる。
②合理的根拠の欠如:主張する侵害事実が存在しない、または証拠不十分であること。例えば、根拠なき異常な高額賠償金を請求する。
③損害結果:被告がこの訴訟により現実的損失 (例えば、訴訟費用、信用毀損など) または間接的損失 (例えば、上場遅延、市場シェア喪失など) を被ったこと。
④因果関係:原告の行為と被告の損害に直接的因果関係が存在すること。
悪意訴訟の認定において、裁判所は依然として極めて慎重な姿勢を取っている。(2023) 最高法知民終 1970 号判決において、最高人民法院は「いかなる訴訟にも証拠不足、訴訟戦略の不備、法的解釈の誤り等による敗訴リスクが伴うため、当事者が訴訟提起時点で最終的な勝訴結果を保証することはできず、また権利保護訴訟の不本意な結果のみをもって単純に悪意を推定することはできない」と指摘した。悪意訴訟を認定する際には「慎重性と抑制性の原則」を堅持すべきであり、これを怠れば民事上の権利保護を十分に図れないばかりか、社会全体の民商事活動に不確実性を増幅させる危険性がある。訴訟当事者の能力には差異が存在し、訴訟手続の進行に伴い提出証拠や訴訟行動を変更することも一般的な事象である。行為者が権利基礎、事実的根拠、正当な理由の欠如、または被訴侵害行為の非侵害性を認識しながら、なお訴訟を提起し、相手方に損害を発生させた場合に限り、初めて悪意訴訟が成立すると判断される。


4.企業の特許権行使におけるリスク管理
上記事例は、企業が特許権を行使する全過程において審慎な態度を堅持し、法的枠組み内で自社の合法的権益を維持すべきことを示唆している。
まず、権利行使する前に、自社特許権の有効性を確認する必要がある。特許の安定性評価を専門家に依頼し、安定性の高い特許を選択する。
次に、訴訟を準備する段階で、合法的な手段で権利侵害に関する証拠を収集する。権利収集の際に、誘導的な取引や相手の営業秘密を侵害することを避ける。
最後に、訴訟においても誠実信用原則のもとに訴訟行為を行う。自分の主張についてなるべく確実な証拠を提出し、訴訟遅延テクニックの濫用を控える。
また、企業が特許侵害訴訟を提起される場合、積極的に非侵害抗弁などの抗弁を行うとともに、相手方の訴訟手法が悪意訴訟に該当するか否かを検証する必要がある。悪意訴訟が疑いがある場合、関連証拠を収集したり、専門家の助言を得つつ早期に対応策を講じる必要がある。