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中国の特許権侵害訴訟 における証拠収集及び公証の実務
2026-09-23
作者:張濤

特許権侵害訴訟において、中国の裁判所は、証拠、特にその真実性及び適法性を極めて重視するとと もに、証拠チェーンの完全性も重視している。証拠が中国の裁判所に採用されるか否かは、しばしば訴 訟の成否を左右する重要な要素となる。一般的な民事上の侵害紛争と異なり、特許権侵害訴訟では、証 拠の技術的な専門性が高く、侵害行為が外部から把握しにくいうえ、証拠を直接取得することも困難で ある場合が多い。したがって、中国の特許権侵害訴訟における証拠収集及び公証の実務上の要点を十 分に把握しておくことは、特許権者が権利を行使するに対して不可欠である。本稿では、これまでの多数 の証拠収集案件で得た実務経験を踏まえ、証拠収集及び公証の実務について解説する。

一般に、中国で特許権侵害訴訟を提起する際には、①当事者の主体資格を証明する書類、②権利の 有効性を証明する書類、③権利侵害の証拠、④損害賠償額の証拠などを提出する必要がある。このうち、被疑侵害者が侵害行為を行ったことを証明するための証拠は、権利侵害の証拠の中核をなす一方、 取得が極めて困難な証拠でもある。そこで、本稿では、主として、被疑侵害者が侵害行為を行ったことを 証明するために必要な証拠の収集及び公証を取り上げる。

なお、本稿では、「被疑侵害者」を便宜上「侵害者」と略称することがある。

 

1.侵害行為の立証に必要な証拠 侵害行為の立証に必要な証拠は、特許権者が訴訟でどのような請求をするかによって異なる。例え ば、特許権者が、侵害者による侵害品の製造、販売、販売の申出等の侵害行為の差止めを求める場合に は、侵害者が実際に侵害品の製造、販売及び販売の申出等を行ったことを示す証拠を提出する必要が ある。具体的には、例えば次のような証拠が挙げられる。

・侵害品そのもの:侵害者が当該製品を製造したことを証明する。

・販売契約書、インボイス(発票)、購入時のやり取りに関する資料(Eメール、WeChatのチャッ ト履歴等):侵害者が当該製品を販売したことを証明する。

・侵害品の販促資料、カタログ、ウェブサイト、展示会情報等:侵害者による販売の申出を証明する。

 

2.特許の類型別の証拠収集方法

特許の類型によって、証拠収集の方法は大きく異なる。

製品特許の場合、証拠収集で最も重要なのは、侵害製品そのものを入手することである。侵害 製品の入手は、特許権侵害訴訟を提起するための基本的な前提となる。また、侵害製品を入手 する際には、併せて当該製品の販売契約書、インボイス、製品合格証明書、メーカーのウェブサイト、 販促資料等の関連証拠も入手し、侵害製品の販売及び販売の申出を立証できるようにしておくこ とが望ましい。

方法特許では、製品特許に比べて証拠収集がはるかに難しい。侵害者は通常、自らが管理・支 配する場所で製造方法を実施するためである。その場所に立ち入って現場調査を行うことができ なければ、特許方法が実施されているか否かを直接立証することは困難である。もっとも、全く手 段がないわけではない。特許方法により製造される製品の性質に応じて、以下のような証拠収集 方法を採ることができる。

(1)新規製品の製造方法 中国「特許法」第66条第1項は、「特許権侵害紛争が新規製品の製造方法の特許に係る場合、 同一の製品を製造する会社又は個人は、当該製品の製造方法が特許方法と異なることの証明を 提出しなければならない」と規定している。 この規定によれば、新規製品の製造方法については、「立証責任の転換」の原則を直接適用す ることができ、被疑侵害者側が、その実施した方法が特許方法と異なることを立証することになる。 これにより、特許権者側の立証責任が軽減される。

(2)新規製品以外の製品の製造方法

「中国最高裁による知的財産権民事訴訟の証拠に関する若干の規定」第3条は、次のように規 定している。

特許方法により製造された製品が新規製品に該当しない場合、特許権侵害紛争の原告は、次 の事実を立証しなければならない。

① 被告が製造した製品と特許方法を用いて製造された製品が同一の製品に属すること。

② 被告が製造した製品が特許方法により製造された可能性が高いこと。

③ 原告が被告による特許方法の使用を証明するために合理的な努力を尽くしたこと。

原告が前項の立証を完了した後、裁判所は被告に対し、その製品の製造方法が特許方法と異 なることの立証を命じてもよい。

上記規定のうち、「② 被告が製造した製品が特許方法により製造された可能性が高いこと」は、 中核的な立証事項であり、最も立証が困難な事項でもある。この点を立証するためには、多数の 間接証拠を収集する必要がある。具体的には、表1に示すような証拠が挙げられる。

表1

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これらの「間接証拠」を積み重ねることで、侵害者が実施した製造方法の技術構成をおおまか に描き出し、侵害者が特許方法を実施した可能性が高いことを裁判官に対して可能な限り具体的 に立証する。

 

3.製品の類型別の証拠収集方法

製品特許について証拠収集を行う場合も、製品の類型によって証拠収集の方法は異なる。以下、 類型ごとに説明する。

(1)消費者向け製品(B2C製品)

一般消費者向けの製品(日用品、電子機器、食品等)については、比較的容易に証拠を収集 することができる。特許権者は、一般消費者として当該製品を直接購入することができる。購入 の際には、製品の製造者及び販売者を立証できるよう、取引に関する一連の書類(インボイス、 オンライン取引記録等)や関連書類(製品合格証、品質保証書等)を保存しておく必要がある。また、 証拠力を確保するため、これらの証拠を公証又はタイムスタンプにより保全することができる。

(2)企業間取引製品(B2B製品)

B2B製品(産業設備、原材料、部品等)は通常、小売市場には直接流通しておらず、特許権 者が一般消費者として容易に購入することができない。このため、証拠収集の難易度が大幅に高 くなる。こうした製品については、中国では調査会社を利用して証拠収集を行う必要がある場合 が多い。

調査会社は通常、潜在顧客又はビジネスパートナーという立場で侵害者に接触し、製品の技術 的パラメータ、価格、供給ルート等の情報を収集したうえで、詳細な技術資料、侵害製品のサンプル、さらには製品そのものの入手を試みる。この点については、後述する。

 

4.調査会社を利用した証拠収集

前述のとおり、B2B製品の証拠収集では、調査会社を利用する必要がある場合が多い。以下、 調査会社を利用して証拠収集を行う際の主な注意点を説明する。

4.1.調査会社に対する技術指導

調査会社の調査員は、調査経験が豊富であっても、あらゆる技術分野に精通しているわけでは ない。調査対象とのやり取りの中で基本的な技術上の質問に対応できるよう、調査開始前に、侵 害製品の性状(外観、サイズ、物理的状態、色、包装等)、用途、種類等について調査員に説明し、 必要な技術知識を共有しておく必要がある。

4.2.証拠収集プランの事前確認

調査会社は、証拠収集を開始する前に、通常、証拠収集プランを策定し、そのプランに沿って 調査を進める。中国最高裁の司法解釈※1では、第三者に証拠収集を委託する行為及びこれによ り取得した証拠の合法性が明確にされているものの、調査会社が証拠収集の過程、特にB2B製 品の証拠収集において用いる一部の方法・手段は、グレーゾーンに該当する可能性がある。その ような方法・手段が証拠の合法性に悪影響を及ぼすことを避けるため、証拠収集プランの内容を 事前に十分確認する必要がある。これにより、調査会社の調査方法を適切に管理し、証拠収集の 過程及び取得した証拠の合法性を確保することができる。

 

5.タイムスタンプを利用した証拠収集

前述のとおり、オンライン取引記録や電子インボイス等の一部のオンライン上の証拠について は、中国の裁判所で証拠として認められるよう、中国タイムスタンプを用いて保全することができる。

5.1.中国タイムスタンプにより保全された証拠の真実性に関する中国の裁判所の認定

「中国最高裁によるインターネット裁判所の事件審理における若干の問題に関する規定」第11 条は、「電子署名、信頼できるタイムスタンプ、ハッシュ値検証、ブロックチェーン等の証拠収集、 固定及び改ざん防止の技術的手段により、又は電子証拠収集・証拠保全プラットフォームの認証 によって、その真実性を証明できる場合、インターネット裁判所はこれを確認しなければならない」 と明確に規定している。

実務上、中国タイムスタンプにより保全された証拠については、インターネット裁判所に限らず、 一般の裁判所でも、その真実性がほぼ認められている。2026年7月現在、中国タイムスタン プを証拠として用いた中国の裁判文書は既に12万件を超えており、全国各地の各級裁判所に及んでいる※2。

5.2.中国タイムスタンプにより保全できる証拠

中国におけるタイムスタンプ関連の主なソフトウェアとして、PC版の「信頼できるタイムスタンプ (可信時間戳)」と、モバイル版の「権利衛士」がある。

PC版の「信頼できるタイムスタンプ(可信時間戳)」は、ウェブサイト、ソーシャルメディア、Eメー ル、チャット履歴、電子ファイル、データ知的財産権、電子美術作品等の証拠収集に利用するこ とができる。

モバイル版の「権利衛士」は、さらに幅広い機能を備えており、上記に加えて、侵害現場、侵 害製品、分析過程等について、撮影、録音、録画による証拠収集を行うこともできる。

5.3.タイムスタンプの日本での利用

まず、日本のインターネット上に存在する証拠については、中国国内から当該ウェブサイト等に アクセスし、タイムスタンプを用いて証拠収集を行うことができる。これにより、中国域外で形成 された証拠について別途公証認証を行う手間を省くことができる。

次に、日本の一部の企業(例えば、NGB株式会社)は、中国タイムスタンプのPC版に関する 一部のサービスを取り扱っており、タイムスタンプを利用して電子ファイル等の証拠を保全するこ とができる。日本国内でこれらの企業が提供するタイムスタンプサービスを利用して取得した証拠 は、中国の訴訟において直接証拠として使用することができ、別途公証認証手続を行う必要はな い。

なお、中国タイムスタンプのモバイル版(すなわち「権利衛士」アプリ)は、現時点では日本で 利用することができない。

また、日本でも、中国タイムスタンプ以外のタイムスタンプ(例えば日本総務省のタイムスタンプ) に関するサービスを提供する企業がある。ただし、これらは中国のタイムスタンプに基づくもので はないため、中国国外で形成された証拠に該当し、中国で証拠として使用する際には、別途、認 証等の手続が必要となる。

タイムスタンプを利用すれば、迅速かつ簡便に、低コストで証拠を収集・保全することができる ため、現在では中国で広く利用されている証拠収集方法の一つとなっている。

 

6.公証と封印

中国の特許権侵害訴訟において、公証は、実務上最も広く用いられている証拠保全方法の一つ であり、その運用も十分に確立されている。本稿では、公証に関して実務上よく問題となる点を説明する。

6.1.公証

(1)公証を申請できる主体

知的財産権侵害調査の実務では、公証の申請主体について比較的柔軟な運用がなされており、 特許権者本人に限らず、調査会社や法律事務所も公証手続の申請主体となることができる。実務 上、特許権者は通常、弁護士又は調査会社に公証手続を委託し、証拠を適時かつ確実に保全してい る。また、場合によっては、特許権者が自らを実質的な調査主体として調査会社、公証役場又は第三 者に知られることを望まないこともあり、その場合には、弁護士又は調査会社に公証手続を代行さ せることができる。

(2)公証役場の選択

各公証役場が作成する公正証書の効力は中国全土で同一であるため、実際の状況に応じて、適 切で利用しやすい公証役場を選択すればよい。通常、調査会社には提携先の公証役場があるため、 調査会社を利用して証拠収集を行う場合は、その提携先の公証役場を利用するのが一般的である。 これには主に二つの利点がある。第一に、調査会社の提携先公証役場の公証人は、製品の受け取 り、ウェブサイト、電子インボイス、WeChatのチャット履歴等に関する公証及び封印の方法に 精通しているため、公証及び封印を適切かつ漏れなく行い、証拠チェーンの完全性を確保しやす い。第二に、一部の製品の封印では、切断、小分け、撮影等の複雑な作業や、低温・乾燥環境等の特 定の封印環境が必要となることがある。調査会社と継続的な協力関係にある公証役場であれば、こ うした複雑な封印作業についても、より円滑かつ効率的に対応できる場合が多い。

6.2.封印

封印とは、公証人の立会いの下、取得した証拠を公証役場の表示がある容器に入れ、封印シール を貼付して封をする作業をいう。

封印物は、封印シールをいったん開封すると公証効力が失われる。そのため、封印を行う前に、ど のような方法で封印するかを十分に検討しておく必要がある。証拠の種類に応じて事前に検討すべ き事項は、概ね以下のとおりである。

(1)封印と侵害対比の順序

機械構造に関する証拠は、肉眼でその構造を直接確認できるため、通常は、まず侵害対比を行 い、その後に封印する。こうすることで、後日、侵害対比のために封印物を開封する必要がなくなる。 一方、化学分野又は電子通信分野の証拠は、後日、所定の分析を行って初めて侵害対比が可能となる場合があるため、まず封印し、その後、必要に応じて開封して侵害対比を行う必要がある。

(2)封印が必要な証拠と不要な証拠の見極め

封印を行う前に、各証拠について封印が必要か否かを確認しておく必要がある。これにより、本来 封印すべき証拠を封印しなかったために当該証拠の真実性に疑義が生じる事態を避けるとともに、 封印する必要のない証拠まで封印して公証費用が高騰することも防ぐことができる。

(3)封印後に開封する場合の取扱い

封印後の証拠を無断で開封すると、公証効力が失われる。しかし、公証人の立会いの下で開封し、 その後改めて封印を行えば、再度封印された証拠についても公証効力は維持される。したがって、 封印後の証拠は一切開封できないというわけではない。

 

前述のとおり、中国の裁判所は、証拠の真実性、適法性及び証拠チェーンの完全性について厳格 に審査しており、証拠収集のいずれの段階においても、遺漏や瑕疵があれば証拠が採用されないお それがある。したがって、証拠収集及び公証を行う際には、担当弁護士と緊密に連携し、各手続の要 点、リスク及び実務上の細部を十分に把握したうえで、確実かつ証明力の高い証拠を取得すること が重要である。こうした対応によって、訴訟における強固な証拠基盤を構築し、特許権者の正当な権 利利益を確実に守ることができる。

 

参考文献:

※1:「中国最高裁による知的財産権民事訴訟の証拠に関する若干の規定」第7条

※2:https://mp.weixin.qq.com/s/N41XkoToPNc5SwWWsuBk1A