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特許出願の早期権利化について

作者:韓鋒 | 更新しました:2019-09-02 | ビュー:

特許権の存続期間は出願日から起算して20年間であるが、権利化には方式審査(初歩審査)及び実体審査を経なければならず、通常、出願から登録までは数年を要する。

出願人が早期の権利化を要望した場合の中国での手段について、主に特許出願を中心に以下に説明する。

 

特許出願の早期権利化手段

特許出願の早期権利化手段としては以下の図に示すものが挙げられる。

これらを大別すると、

1. 実体審査前の早期化手段

2. 実体審査段階の早期化手段

3. 他の早期化手段

に分類できる。




1.実体審査前の早期化手段

実体審査前の主な早期化手段として、「早期公開請求」、「実体審査請求の早期提出」、「国際出願の早期処理請求」が挙げられる。

 

1.1 早期公開請求(中国専利法第34条、中国専利法実施細則第46条)

特許出願は、方式審査に合格すれば、その出願日/優先日から18ヶ月後に公開される。そして、通常、特許出願は中国国内で公開されてから実体審査段階に入る

早期公開請求(専利法第34条)を提出すれば、特許出願は方式審査合格後、直ちに公開される。即ち、早期公開請求の提出により、方式審査合格から公開までの期間が短縮され、結果的に実体審査段階への移行を早めることができる

 

1.2 実体審査請求の早期提出(中国専利法第35条)

国家知識産権局は、出願人が特許出願の出願日/優先日から3年以内に随時提出する請求に基づき、その出願に対して実体審査を行う(専利法第35条)。

通常、実体審査請求の提出が早いものから順に審査されるため、3年の審査請求期限を待たずに早期に(最も早いのは出願と同時に)実体審査請求を提出しておけば、結果的に出願公開から実体審査段階移行までの期間を短縮できる

 

注意点

中国では、自発補正ができる時期は、原則として、

① 実体審査請求時

② 実体審査段階に入った旨の通知書を受領した日(以下、実体審査段階移行日)より3ヶ月以内

に限られているため、早期に実体審査段階に移行すると、自発補正を検討できる猶予期間が短くなってしまうことに注意されたい。 例えば、PPH請求を提出する場合には自発補正が必要であるケースが多いため、自発補正の期間を失わないように、PPH請求の基礎となる他国出願が登録される前に審査請求することは避けた方が良いと考える。

 

1.3 PCT出願の早期処理請求(中国専利法実施細則第110条、PCT条約第22,23条)

中国国内段階に移行するPCT出願に対して、国家知識産権局は、早期処理の請求がなければ、PCT出願の出願日/優先日から30ヶ月を経過する時までそのPCT出願の処理又は審査を行うことができない。

すなわち、30ヵ月の期限の満了前であっても、早期処理請求を提出することで、当該出願を審査段階に移行させることができ、早期権利化を図ることができる。早期処理請求は、特許出願だけではなく、実用新案にも適用できる。

なお、WIPOから国家知識産権局にPCT出願が送達されていない場合(PCT出願がまだ国際公開されていない場合)、認証済み国際出願書類の写し(a certified copy of the international application document)の提出が必要である。

 

上述の早期権利化手段を適宜組み合わせて使うことで、中国の出願日/移行日から実体審査段階移行日までの期間を、最短で2ヶ月位にまで短縮できる。これにより、後述するPPH及び優先審査の提出可能時期を早めることができる。

 

2.実体審査段階の早期化手段

実体審査段階の主な早期化手段として、「PPH請求」と「優先審査」が挙げられる。


2.1 特許審査ハイウェイ(PPH)請求

根拠:『5局特許審査ハイウェイ(IP5 PPH)試行プログラムに関する中国国家知識産権局への申請手続』など

日本と同じように中国でも審査請求からすぐに審査が開始されるわけではなく、該当分野における審査を待つ必要があり、審査待ち時間(実体審査段階移行日から第一回目の審査意見通知書の発行まで)は数ヶ月、技術分野によっては数年を要することもある。これに対して、PPH請求を提出することにより、この審査待ち時間が平均2.7月まで短縮されることが可能となり、審査の早期化には非常に有効である。

中国において、PPHは下図に示す各審査機関の審査結果に基づいて請求することができる。実務においては、なかでも、IP5 PPHがよく使われている。


 PPH請求の提出可能な時期は、

(a)審査請求の提出日と同日(ただし、当該特許出願は中国国内で公開されていなければならない)、または

(b)実体審査段階移行日から第一回目の審査意見通知書が発行されるまで

である。

PPHの提出要件としては、中国出願の全ての請求項と、先行庁によって特許可能と認定された対応出願の請求項とが充分に対応することが要求される。ここで「充分に対応する」とは、

① 中国出願の請求項と対応出願の特許可能と認定された請求項とは完全に同一である、

② 中国出願の請求項は、対応出願の特許可能と認定された請求項と比較して、当初明細書等の特徴によって、より狭い範囲に限定されている、又は、

③ 中国出願の請求項と、対応出願の特許可能と認定された請求項とは、従属関係のみが異なる

ことを意味する。

中国において「充分に対応する」に対する判断基準は非常に厳しく、弊所の実務経験から見れば、日本の出願人からのPPH請求が認められないケースのほとんどが、請求項の対応関係が充分でないことによるものである。このため、PPH請求の提出前または提出時に、中国出願の請求項を対応出願の特許可能と認定された請求項と完全に一致するように自発補正しておくことを勧める。

誤記の訂正、用語の変更・修飾やクレームの追加などの補正は、「充分に対応しない」と指摘される可能性が高い。よって、まずはPPH請求がスムーズに認められるように、対応出願の特許可能と認定された請求項との不一致を生じさせるような自発補正は避け、第一回審査意見通知書の応答時に必要な補正を行うことを勧める。PPH請求した場合であっても、中国においては通常の実体審査の基準で独自に特許性の有無が審査されるので、審査意見通知書が発行されずに特許査定となるケースはめったにない。

なお、特別の規定として、PCT-PPHでは基礎としたPCT国際段階成果物(PCT/ISA/237又はPCT/IPEA/409)の第VIII欄に、請求項に対して何らかの意見が記載されている場合、当該請求項に基づくPPH請求は認められない。この場合、その請求項に対応する請求項を中国出願から削除したり、PPH請求を放棄したりする対応が必要となる。


 

一つの特許出願に対して、PPH請求を提出するチャンスは2回だけであり、2回ともPPH請求認められなかった場合には、当該特許出願は通常のスピードで審査される。

 

注意点

中国において、PPH請求は第一回審査意見通知書の発行時期を早める効果があるのみである。すなわち早期の査定を保証するものではない。PPH請求では中国出願の請求項は対応出願の特許可能と認定された請求項に合わせる必要があるため、場合によっては重要な請求項を削除することにもなりうる。そのようにしてまでPPHを請求するメリットがあるのかどうかは、出願内容や出願人の出願戦略などを考慮して、慎重に検討されるべきである。

 

2.2 優先審査(専利優先審査管理弁法(2017))

優先審査の請求が認められると、特許出願の場合、45日以内に第一回審査意見通知書が発行され、且つ1年以内に査定がされるため、優先審査は審査を早めるには非常に有効である。一方、その請求には下記の要件を満たす必要がある。

(1)  提出可能時期:特許出願の場合、当該特許出願は既に実体審査段階に移行したことが要求される

(注:優先審査は、実体審査段階の特許出願に加えて、実用審査、意匠、無効審判、及び複審段階の特許出願にも適用される。)

(2)優先審査請求が可能な出願

       ① 省エネルギー・環境保護、次世代情報技術、バイオ、ハイエンド設備製造、新型エネルギー、新材料、新型エネルギー自動車、スマート製造などの国の重点発展産業に関係する場合。

② 各省級及び設区市級人民政府が重点的に奨励している産業に関係する場合。

③ インターネット、ビッグデータ、クラウドコンピューティングなどの分野に関わり、且つ技術又は製品の更新速度が速い場合。

④ 専利出願人又は復審の請求人が、実施の準備を完了している又はすでに実施している、もしくは他人がその発明創造を実施中であることを証明する証拠を有している場合。

⑤ 同じ主題について、初めて中国で専利を出願し、その他の国又は地区に対しても出願を提出する場合における、中国を第一国としての出願である場合。または

⑥ 国の利益又は公共の利益にとって重要な意義があり、優先審査の必要があるその他の場合。

(3)推薦の取得/実施等の証明

 上記⑤以外を理由として優先審査の請求を提出する場合、国務院の関連部門又は省級の知識産権局から推薦を取得しなければならない。

外国の出願人が優先審査を利用したい場合、代理人の所在地の地方知識産権局(例えば、弊所経由の場合は、中関村知識産権促進局)から推薦を取得できる。実務経験からみて、推薦さえ取得できれば、優先審査の請求は専利局によって認められる。

上記④を理由として優先審査を提出する場合、製品の写真、カタログなど「実施の準備を完了している又はすでに実施している」ことを証明できる書類、又は、売買契約、供給契約、仕入帳など「他人がその発明創造を実施中である」ことを証明できる書類の提出が要求される。

(4)従来技術等に関する文献

優先審査の請求の提出とともに、従来技術又は従来設計に関する文献を提出しなければならない。

 

注意点

(1)優先審査の請求が認められると、審査意見通知書への応答期限は2ヶ月に短縮され、かつ、15日の猶予期限はない。応答が遅れた場合(すなわち延長した場合)、優先審査がその時点で停止され、通常審査に変わる。

(2)PPH利用した案件は、優先審査を利用できない。

(3)特許と実用新案の同日出願された案件について、その特許出願に対して、優先審査を利用したい場合、優先審査を請求する前に、実用新案を自発的に放棄しなければならない。

(4)優先審査を受理できる件数は、国家知識産権局の各専門技術分野における審査能力、前年度の特許権付与件数及び今年度の審査待ち案件数などの状況に基づいて決定され、毎年優先審査を請求できる案件の数量が限られている。このように、要件を満たした出願であっても優先権審査請求が認められるかどうかは不透明な状況であるので、優先審査を請求するかどうかはその必要性をよく検討した上で決定するべきである。

 

3.他の早期化手段

3.1 特許と実用新案の同日出願(中国専利法第9条)

特許と実用新案の同日出願とは、同一の出願人は同日中に同様の発明創造について特許出願と実用新案出願とを同時に提出し、特許出願が登録になる前に実用新案権にて権利行使でき、特許出願が権利化になる寸前に実用新案権を放棄し、特許権を得る制度である。

実用新案は、実体審査が必要ではないので、特許出願よりも早く登録できるのが特徴である。従って、早めに権利行使したい場合、専利法第9条の規定により同日出願を提出することが考えられる。

注意点

(1)実用新案の保護対象は、製品の形状、構造又はその組み合わせだけであり、それ以外の内容について保護を求める特許出願では、実用新案として権利化することができない。

(2)PCT出願の中国国内段階移行では、特許と実用新案とを同時に提出することができない。日本の出願人は中国で同日出願を利用したい場合、中国を第一国として出願する、又はパリルートで優先日の1年以内に中国で出願する必要がある。

(3)最近、中国専利局の実用新案に関する審査は以前より厳しい傾向がある。実用新案の登録必要期間は1年以上になる可能性もある。

 

3.2 地方知識産権保護センターによる専利予審サービス

中国各地方の知識産権保護センターが提供する専利予審サービスを利用すれば、場合によっては、提出から3ヶ月で権利化されることもある。

しかし、専利予審サービスを利用するためには、地方知識産権保護センターの登録企業の資格を取得しなければならない。

一般的には、地方知識産権保護センターの登録企業の資格を取得するためには、出願人は、以下3つの条件を全て満たすことが要求される。

(1)出願人は、その地方知識産権保護センターが所属する地域に、独立した法人資格を持つ企業である(中国に独立法人資格を持つ外資企業でも地方知識産権保護センターの登録企業になれる)。

(2)出願人は、その地方知識産権保護センターによって規定された産業に携わる。

(3)出願人の企業は、知材管理の制度及び知材管理のチームを有する。

加えて、専利予審サービスを利用するには、特許出願、実用新案又は意匠の技術の分野が、当該地方知識産権保護センターの受理できる分野に属しなければならない。例えば、中国(北京)知識産権保護センターの受理できる分野は、次世代情報技術及びハイエンド設備製造である。

なお、中国に移行するPCT出願、特許と実用新案の同日出願、分割出願などの出願は、専利予審サービスの対象とはなれない。

 

4.まとめ

上述の手段により、中国での早期権利化を図ることができる。

また、下表のように、状況に応じて各手段を併用することで、より早期の権利化を図ることができる。

 

中国での早期権利化に関するさらに詳しい情報につきましては、弊所までご連絡ください。