1.はじめに
ある特許の実施に専用する、材料、設備、部品、中間物などの「専用品」は、係争特許と密接かつ特殊なつながりがあるため、専用品に係わる特許権侵害訴訟では、侵害認定と非侵害抗弁はそれなりの特性がある。
以下、法律規定と事例に基づいて、特許権侵害認定と特許権侵害抗弁の二つの角度から、「専用品」に係わる特許権侵害について簡単に検討する。
2.特許権侵害の認定
最高裁判所による『特許権侵害紛争事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈(二)』の第21条第1項には、「係る製品が特許の実施に専ら用いられる材料、設備、部品、中間体等であると明らかに知りながら、特許権者の許諾を受けることなく、生産経営の目的で当該製品を、他人が実施する特許権侵害行為に提供した場合、当該提供者の行為は権利侵害責任法第9条に定める他人を幇助して権利侵害行為を実施させたことに該当すると権利者が主張するとき、裁判所は支持しなければならない」と規定されている。
2-1.「専用品」の判断標準
「特許の実施に専ら用いられる材料、設備、部品、中間体等」について、北京市高級裁判所による『特許権侵害判定ガイド(2017)』の第119条では、「専用品」と称し、さらに、下記二つの要件を満たす必要があると規定されている。
① 係争特許にかかる技術案の実現に実質的な役割を果たすこと。
②「実質的な非侵害用途」がないこと 。
「係争特許にかかる技術案の実現に実質的な役割を果たすこと」とは、当該専用品は係争特許にかかる技術案を実現するには不可欠であり、実質的に代替できない役割を持っていることを意味する。
「実質的な非侵害用途はないこと」とは、当該専用品が汎用製品または常用製品ではなく、係争特許にかかる技術案を実施する以外に合理的な商業用途がないことを意味する。
北京市高級裁判所の(2019)京民終369号民事判決書において、専用品の認定について詳しく述べている。(この判決は北京裁判所2021年度知的財産司法保護十大事例に入選された。)
案件情報:
原告であるダーウィン技術国際有限公司は、発明名称が「空気浄化設備」である特許(ZL00806175.0)の特許権者である。被告の製造・販売した空気清浄机は、係争特許の保護範囲に入っていると判明した。宇潔環境システム技術有限公司は被告に「静電沈降フィルター」を販売した。
争点:
宇潔社が提供した「静電沈降フィルター」は、「係争特許の実施に専用する製品」に該当するか否かということである。
判決の理由:
被疑侵害製品の主な機能が、静電沈降フィルターを通して気流における粒子や粒子の堆積を除去するためであることを考慮すると、静電沈降フィルターは上記機能を実現するために不可欠な要素であると認定できる。即ち、静電沈降フィルターは係争特許にかかる技術案の実現に実質的な役割を果たすを認定できる。
静電沈降フィルターは、空調製品のフィルターに使用されるが、静電粒子堆積という機能を実現するには、フィルターに高電圧と低電圧を施す必要があるため、係争特許を実施する以外に実質的な用途がないので、静電沈降フィルターは係争特許を実施するための専用品であると認定できる。即ち、静電沈降フィルターは係争特許に適用以外に「実質的な非侵害用途」がないと認定できる。
2-2.「専用品」に関する立証責任
立証責任については、『特許権侵害判定ガイド(2017)』の第119条には、さらに特許権利者が立証責任を負うと規定されている。
なお、「実質的な非侵害用途はない」という事実は消極的なものであるため、実務において、特許権者は初歩的な証拠を提出すればよい。また、裁判所は、被疑侵害者側は、係争製品が「実質的な非侵害用途」を有することを証明すべきと命じる場合もある。
例えば、(2011)一中民初字第15号案において、北京市第一中級裁判所は、「「専用」製品であるかどうかの証明責任配分について、立証の事実が消極的な事実であるから、当事者の立証能力を考慮し、一般的に被疑侵害者が係る製品が実質的な非権利侵害用途を有することを証明しなければならないと考えている」と認定した。
この認定に基づいて、被疑侵害者は、係る温度調節器が他の「実質的非権利侵害用途」を有していることを証明できる証拠を提出していなかったため、係る温度調節器製品は、係争特許請求項に限定された製品の「専用品」であると認定した。
同様に、日本クミアイ化学工業株式会社(特許権者)などと江蘇省ホルモン研究所有限会社等(被疑侵害者)との特許権侵害事件((2005)蘇民三終字第014号)において、江蘇省高級裁判所は、原告は、 係る原料薬の唯一の商業用途が、発明特許(ZL92112424.4)に保護された製品を製造することであり、他の商業用途はないと主張した一方、被告は、その原料薬は他の商業用途があると主張した。係る原料薬は他の商業用途がないということは消極的な事実であるため、証拠の提出が難しいが、被告は、係る原料薬が他のいずれか一項の商業用途があると証明すればよく、立証責任を果たすことができるので、公平の原則に基づき、当事者の立証能力を考量し、被告会社が立証責任を負うべきだと認定した。
その結果、被告が反証を提供できなかったため、係る原料薬は係争特許製品の製造に専用した肝心な成分であると認定され、被告の当該製品を販売した行為は、間接権利侵害行為になると判断された。
3. 特許権侵害抗弁
「専用品」に係る特許権侵害事件において、被疑侵害者が、「黙示の許諾」と「権利消尽」という二つの角度から抗弁できる。
3-1. 黙示の許諾
黙示の許諾とは、書面などの方式で確立された明示的な実施許諾とは異なり、特許権者が明示的ではない黙示的な行為にて、相手に、その特許の実施が許諾されると合理的な信頼が与えられる状況である。
早くも1927年に、米国連邦最高裁判所は、De Forest Radio Tel Co v. United States事件への判決において、「ライセンス使用の実現を目的として、正式にライセンスを許諾することは唯一の方法ではなく、特許権者の言語や行為により、他人に当該特許を実施することについて同意又は許諾すると感じさせることができれば、他人が特許を実施した後、特許権侵害と訴えられたら、実施者は特許の黙示の許諾で抗弁することができる」。
中国では、黙示の許諾については明確な法律規定がないが、2000年の特許法では、第12条に「いかなる機関又は個人が他人の特許を実施する場合、特許権者と書面による実施許諾契約を締結しなければならない」と規定されたが、2008年の特許法改正では、「書面による」との記載が削除されることから、立法者が「黙示の許諾」に解釈の余地を残していることがわかる。
また、国家知識産権局の「特許権侵害行為認定ガイド(試行)」(2016)の第1節と第2.1.2節において、「黙示の許諾」について以下の規定がある。
「特許権者の実施許諾は、明示的な許諾と黙示の許諾に分けられる。 ……特許権者の黙示の許諾とは、明示的な表示は存在しないが、特許権者の言語や行為による暗示により、他人が特許権を侵害することなく実施できると信じることをいう。」
「製品特許について、特許権者またはそのライセンシが特許製品そのものを販売するのではなく、特許製品の係る部品を販売する場合、これらの部品はその特許製品の製造のみに使用され、他のいかなる用途には使用されない場合、特許権者またはそのライセンシは、これらの部品を販売する際に明示的な制限条件を提出していない時、購入者がこれらの部品を用いて特許製品を製造、組み立てする黙示の許諾を得ており、その製造、組み立て行為は特許権侵害行為にならないと考えるべきである。」
これらの規定も、「黙示の許諾」の法的根拠となれる。
中国最高裁判所の行政裁定書(2011)知行字第99号において、被疑侵害者の「黙示の許諾」に基づく非侵害抗弁が認可された。
案件情報:
江蘇微生物研究所は、「1-N-エチルゲンタマイシンC1a又はその塩を含む薬用製剤及びその製造方法」という名称の特許権(ZL93112412.3)を有する。福薬社が生産販売した注射液が該特許権の保護範囲に入っていると判明した。福薬社製注射液の原薬は、特許権者と他人で設立した合弁会社である方園社又は特許権者のライセンスを得た第三者である山禾社から購入されたものである。
争点:
福薬社の上記注射液を生産販売した行為は、江蘇微生物研究所の上記特許権を侵害するか否かということにある。
判決理由:
ある物品の唯一の合理的な商業用途が、ある特許を実施するためである場合、特許権者または特許権者から許諾を得た第三者が該物品を他者に販売する行為自体は、購入者は該特許を実施できることを黙示に許諾することを意味する。
判明した事実によれば、福薬社製注射液の原薬は、特許権者と他人で設立した合弁会社である方園社又は特許権者のライセンスを得た第三者である山禾社から購入されたものである。係る原薬そのものは本件特許の保護範囲に入らないが、係る原薬の唯一の合理的な商業用途が本件特許製品の製造である場合、特許権者が設立した企業又は特許権者から許諾を得た第三者が該原薬を販売する行為自体は、他者による特許の実施を黙示許諾することを意味する。
3-2. 権利消尽
「権利消尽抗弁」について、北京市高級裁判所の『特許権侵害判定ガイド(2017)』の第131項では、権利侵害とみなされない抗弁について次のように規定されています。
「特許製品又は特許方法によって直接得られた製品について、特許権者又は実施許諾を取得済みの単位及び個人から販売した後、当該製品に対して使用、販売の申出、販売、輸入を行う場合、特許権侵害とみなされず、具体的に以下の行為を含む:
特許権者またはそのライセンシーが特許製品の専用部品を販売した後、該部品を使用、販売の申出、販売し、又はそれを組み立てて特許製品を製造すること。
ここで、この『特許権侵害の判定ガイド(2017)』において、第119項の「専用品に関する幇助侵害」の規定において、「専用品」という概念を採用するが、第131項の「権利消尽抗弁」の規定において、「専用部品」という概念を採用する。両者の意味は同一になるわけではない。
第119項の規定において、いわゆる「専用品」には、特許の技術案を実施するための「原材料、中間製品、部品又は設備など」が含まれていることを列挙的な方式で示している。一方、第131項の規定において、製品特許に係る「専用部品」とは、特許製品を組み立てて製造するための部品であると示している。これから見れば、第119項と比べて、第131項のほうは、明らかにより狭い適用範囲が規定されている。
しかし、この『特許権侵害の判定ガイド(2017)』は、北京市高級裁判所から発布されたガイドであり、北京地域以外の裁判所やより上級の裁判所には約束力がないことを考えて、実務上、第131項の規定を突破し、「専用品」に基づいた権利消尽抗弁の适用を、上記第119項と同じ内容まで拡大する可能性が排除されない。
特許権侵害に関して、「黙示の許諾」と「権利消尽」は、もともと高度に係る二つの理論であり、実際の案件において、案件状況に合わせて最も有利な抗弁角度を選択して抗弁することができる。 例えば、「専用品」が上記第119項に規定された「専用部品」以外の製品(原材料、中間製品、設備など)である場合、「黙示の許諾」の観点から抗弁することができる。
3-3. 立証責任
「黙示の許諾」と「権利消尽」はいずれも被疑侵害者の抗弁理由であるから、「主張する側は立証すべき」という基本原則に基づき、被疑侵害者が立証責任を負わなければならない。
4.むすび
(1)特許権者は、自分の法的権益をよりよく保護するために、係争特許を実施するための「専用品」が存在するか否かについて留意すべきである。直接な侵害者のほかに、係る「専用品」を被疑侵害者に提供した幇助者の間接侵害責任を同時に追及することができる。
(2)被疑侵害者は、非侵害抗弁を行う際に、自分が製造・販売した被疑侵害製品は、特許権者または特許権者の許諾を得た第三者が合法的に入手した「専用品」に基づいて完成したものであるかどうかに留意すべきだ。それに、「専用品」の具体的状況に合わせて「黙示許諾」と「権利消尽」という二つの角度から抗弁を行うことができる。
参考文献:
1.最高裁判所の特許権侵害紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する解釈(二)の第21条第1項
2.北京市高級裁判所の<特許権侵害の判定ガイド(2017)>
3.(2019)京民終369号
4.(2017)闽民終1172号
5.(2011)一中民初字第15号
6.(2005)蘇民三終字第014号
7.特許の黙示の許諾への検討、IPRdaily、2018年12月6日
8.特許権侵害行為認定ガイド(試行)(2016)
9.(2011)知行字第99号