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判例からみる数値限定発明の均等侵害判断

作者:岳 雪蘭 | 更新しました:2022-03-21 | ビュー:

製品に関わる特許発明は、その製品の構造や接続関係などの技術特徴により特定されるほか、製品の性能パラメータなどの数値により特定されることもある。また、化学分野では、化学品の成分と各成分の含有量で発明を特定し、請求項に数値範囲を記載するのが一般的である。本文において、このような請求項に数値限定が含まれる特許発明について、「数値限定発明」と呼ばれる。

特許発明の保護範囲は、請求項の記載内容により決められるが、特許権をより全面的に保護するため、請求項における技術特徴の文言意味のまま保護範囲を決めてすべての技術特徴を充足すれば権利侵害と判断する文言侵害のほか、請求項に記載した技術特徴の意味をある程度拡大解釈し、この拡大解釈された技術特徴に基づいて侵害かを判断する均等侵害も法律上認められている。

数値限定発明について、数値限定の意味がはっきりであり、侵害判断の際に、数値限定内容を拡大解釈して均等論を適用できるか、できるとすればどこまで拡大解釈できるかはなかなか判断しにくい。

本文において、いくつの判例に基づいて、数値限定発明に関する中国裁判所の均等論の判断基準を紹介する。


1.    均等侵害の成立要件

均等論は、アメリカで最初に特許侵害案件に導入された侵害判断の理論だが、今では各国の特許法制度で一般的に認められている。

中国では、2001年に施行された「特許紛争案件審理の法律適用問題に関する若干規定」[[1]]では初めて均等論の原則が定められ、「均等な技術特徴とは、(特許請求項に)記載された技術特徴と基本的に同じ手段により、基本的に同じ機能を実現し、基本的に同じ効果をもたらし、且つ当該領域の普通の技術者が創造的な労働を経なくても連想できる特徴を指す」と規定される。2015年に、この司法解釈が改正され、均等侵害の判断時点として、侵害行為が発生した時との限定を追加した。

これで、中国では、手段、機能、効果の基本的な同一性と、想到の容易性とが、均等侵害判断の要件となる。中国各裁判所では、基本的にこの4つの要件に基づいて技術特徴の均等性を審理する。

また、均等論の適用を制限するものとして、中国では他国と同じように、包袋禁反言の原則が規定される。

2010年に施行された「特許権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」[[2]]において、下記のような規定がある。

「特許権付与手続き若しくは無効宣告手続において、特許出願人や特許権者が請求項や明細書の修正、若しくは意見陳述を通して放棄した技術方案を、権利者が特許権侵害をめぐる紛争案件で改めて特許権の保護範囲に取り入れた場合には、人民法院はこれを支持しない。」

さらに、同司法解釈では、「明細書若しくは図面のみにおいて記載され、請求項においては記載されていない技術方案について、特許権侵害をめぐる紛争案件の際に権利者がそれを特許権の保護範囲に取り入れた場合、人民法院はこれを支持しない。」との規定もある。

明細書のみに記載し、請求項に記載していない内容は、出願時に出願人により権利範囲から排除されたものとみなされ、すでに排除された内容を均等論に基づいて再度権利範囲に取り込むことが当然できない。

特許侵害案件では、請求項の構成要件の充足性を判断する際に、両側当事者はこれら規定に従って均等論の適用を主張したり、否定したりするような攻防を行う。


2.    事例の紹介

2.1 数値限定について均等論の適用が厳しく制限された事例

出願時、なるべく広い保護範囲を得るよう請求項の技術特徴を記載するのが出願人の一般的な選択である。数値限定発明についても、従来技術との区別を明確にしながら最大の保護範囲を確保するように、数値範囲をぎりぎりまで決め、数値範囲の限界値が特許発明と従来技術との境目となる場合がある。そのため、請求項に記載した数値範囲が出願人がよく考えて決めたものであり、数値範囲外の数値が発明の目的を達成できないため出願人により排除されたとの認識がある。この認識のもとに、充足性判断の時、特許発明の範囲を従来技術の範囲まで拡大すれば、社会利益を害する恐れがあり、請求項に明記した数値限定ついて均等論を適用するのが妥当ではないとの意見がある。

(2011)蘇知民再終字第0001号判決書では、そのような意見が明確に示される。

本件において、係争特許はスポンジ状ニッケル発泡体の製造方法に関わり、発明のポイントは、マグネトロンスパッタリング法によりめっき用陰極を製造することにある。請求項では、マグネトロンスパッタリングの工程条件が記載され、そのうち、スパッタリング前の真空度(バックグランド真空度と呼ばれる)が(1.1~4.7)×10-3Paであり、その後アルゴンガスを注入し、真空度(作業真空度と呼ばれる)を(2.7~4.7)×10-2Paにするとの技術特徴がある。

イ号方法では、同じくマグネトロンスパッタリング法によりめっき用陰極を製造する工程が含まれるが、バックグランド真空度が2×10-2Paであり、作業真空度が(2.0~2.5)×10-1Paであった。

一審、二審裁判所は、バックグランド真空度と作業真空度の数値限定について、いずれも均等な特徴であると認定した。主な理由として、バックグランド真空度に差異があるが、いずれも「高真空度」の範囲に属し、実質的な差異がない。また、めっき層の品質を確保するため、バックグランド真空度を高くすることと、アルゴンガスを多量に注入することが当業者にとって慣用な手段である。イ号方法では、バックグランド真空度が係争特許に記載した真空度より低いので、めっき層の品質を高めるため、アルゴンガスを多量に注入するのが当業者の一般的な選択である。イ号方法では、注入したアルゴンガスの量が従来技術によく使われるガス量であり、このようなアルゴンガス量を採用して作業真空度を(2.0~2.5)×10-1Paに調整するのが当業者にとって容易で、作業真空度についても係争特許の技術特徴と均等である、と述べられた。

しかし、再審裁判所は、異なる判断が下された。

再審裁判所は、係争特許に限定した真空度はいずれも明確な限界値を持っている数値範囲であり、この明確な限界値を有する数値範囲は出願人が良く選択して確定したものであり、数値範囲外の内容は、特許の保護範囲でカバーすべきではないと出願人が認めたものなので、このような明確な限界値を有する数値範囲外であって、しかも数値範囲と明らかに異なる数値を均等論により特許の保護範囲に収めるのが不当であるとの意見を示した。

さらに、判決書では、係争特許に限定した真空度の数値とイ号方法に使われた真空度の数値とは、10倍の差もある。真空度は、係争特許の製造方法において重要なパラメータであり、真空度の変化は真空室内の不純物含有量に影響をもたらし、引いてにスパッタリング膜の純度にも影響をもたらす。そのため、真空度の数値にはそれほど差異がある場合、スパッタリング膜の純度が同じであるとは言えず、イ号方法で使われた真空度は請求項に限定した真空度と均等ではない、と説明した。

最後に、再審裁判所は、限界値が明確である数値範囲について、均等範囲の判断がある程度狭くする必要があり、均等論の適用を厳しく制限する必要があるとの意見も示した。

本件の判断基準が、数値限定発明の均等論適用時に良く採用された基準であり、再審裁判所の上記意見をそのまま引用した判決がいくつある。全体的に、数値限定発明の均等論適用について、慎重な態度が示される。

また、(2011)民申字第263号判決書では、数値範囲について特別な限定がある場合、均等論が適用できないとの判決が下された。

係争特許は、耐火れんがに関わり、その請求項において、耐火れんがの気孔率が10%未満と限定する。これに対して、被疑侵害品では、気孔率が12.9%であった。

原告は、被疑侵害品の気孔率と請求項の気孔率とはあまり差異がなく、均等な特徴であると主張したが、裁判所は認めなかった。

判決の理由は下記のようとなる。気孔率について、請求項では、「10%未満」という境目が非常に明確である数値限定により発明を特定し、実施例においても、気孔率の値がそれぞれ6%、2%、4%となる。これにより、気孔率が10%未満の耐火れんがしか係争特許の技術効果を実現できないと認定すべきである。そのため、侵害判断する際に、この明確な数値限定を突破して均等論を適用することができない。

請求項では、数値範囲の限界値を強調する表現を使えば均等論の適用ができないとこの判決で示した判断基準は、司法解釈においても明確に規定される。

2016年に施行された「特許権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈」の二[[3]]において、「請求項に「少なくとも」、「超えない」などの用語で数値特徴を限定し、且つ当業者が請求項、明細書、図面を読んだ後、特許に係る技術案では当該用語の技術特徴に対する限定的な役割を特に強調していると考えた場合、権利者がそれと異なる数値特徴が均等な特徴に属すると主張する場合、人民法院はこれを支持しない。」と定めている。


2.3 数値限定について均等論の適用制限が緩めた事例

 上記事例からみて、数値限定発明について均等論の適用が厳しく制限される傾向があるが、実務上、均等侵害の要件に基づいて均等判断を行い、数値限定についても均等論の適用を認めた事例もある。

(2018)浙01民初1936号判決書では、数値限定について均等と認めた。

係争特許はCMOSモジュールに関わり、請求項1では、このCMOSモジュールの外形寸法が4.2×3×3.8(mm)以下であるとの数値限定が記載される。イ号製品にもCMOSモジュールが含まれ、その寸法が4.72×3.56×3.05(mm)であり、全体的な体積が請求項1に限定したものより大きい。しかし、この外形寸法について、裁判所は、均等な技術特徴であると認定した。

係争特許に係るCMOSモジュールは可視化子宮内膜キュレットに使われたものである。可視化子宮内膜キュレットの適用場面からみると、そのハンドル方向におけるCMOSモジュールの寸法が重要ではなく、イ号製品が使用時の重要な寸法は、カメラの軸方向における寸法(4.72mm)と、カメラの中心線方向における寸法(3.56mm)である。イ号製品の寸法と係争特許の対応寸法(4.2×3)と比べて、それほど差異がない。さらに、このぐらいのサイズの変化はCMOSモジュールの機能や、効果に何らかの変化をもたらすとの証拠もなく、微細なサイズ調整が当業者にとって容易なことである。これら理由に基づいて、本件裁判所は、CMOSモジュールの外形寸法と比べて、イ号製品の寸法が均等な特徴であると認定した。

本件において、請求項では、CMOSモジュールの外形寸法を明確に限定し、しかも「以下」とのような限界値を限定する用語が使われる。しかし、裁判所は、CMOSモジュールの全体的な体積に基づいて充足性を判断するのではなく、イ号製品の実際に使われた場面を想定し、使用状態における重要な寸法を注目して充足性判断を行った。また、外形寸法の数値限定について、「以下」とのような限定的な表現を使ったとしても、判決書では、やはり機能や効果の同一性に基づいて均等論を適用した。

(2019)最高法知民終522号判決にも、数値範囲について発明の効果の同一性に基づいて均等論を適用した。

係争特許は複合透水レンガに関わり、請求項では、透水基層におけるフィラーの粒径が2㎜~10㎜であるとの特徴がある。イ号製品では、透水基層におけるフィラーの粒径が2.21㎜~14.79㎜であり、請求項に限定した数値範囲と一部重なっている。一審でも、二審でも、このフィラーの役割に基づいて、イ号製品のフィラーの粒径が係争特許の関連技術に対して均等な特徴であると認定した。

具体的に、基層におけるフィラーの粒径は主に基層の透水性を向上するため選択される要素であり、係争特許に限定した粒径とイ号製品に使われた粒径はいずれも建築分野でよく使われた砂粒子の粒径であるので、当業者にとって良く使われた粒径の範囲内で適切な粒径を調整するのが容易で、技術効果の面でもあまり違いがない。そのため、イ号製品の粒径と請求項に限定した粒径とは均等なものであると、認定された。

数値限定発明について均等論の適用を完全に否定すると、発明の本質内容が同じだが、数値範囲の限界値を少しだけ変えれば、数値限定発明の保護範囲から逸脱し、特許権者の利益を完全に保護できなくなる恐れがある。

そのため、侵害判断において、発明の本質をしっかりと押さえ、技術効果に何らかの差異もない数値限定の微細な変更は均等の範囲に収めるのがより合理的な考え方である。


3.    まとめ

数値限定発明について、数値範囲の選択により従来技術との差異が明確化にでき、権利化しやいかもしれないが、上記判例の認定からみて、侵害判断の場合、均等論の適用が難しくて、他社により権利回避しやすくなる。特に、限定意味のある用語をもって数値範囲を特定する場合や、審査段階で数値範囲を補正した場合では、数値範囲外のものが特許権者自ら放棄したものとみなされ、均等論の適用が一層難しくなる。

一方、請求項に限定した数値範囲との差異が微細なものであり、しかも、この数値上の差異は単なる当業者の一般的な選択であって、それによる技術効果の変化が全くないと証明できれば、数値限定発明についても、均等論の適用が可能である。




[1] 最高人民法院による特許紛争案件審理の法律適用問題に関する若干規定(司法解釈[2001]21号)第17条第2項。

[2] 最高人民法院による特許権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈(司法解釈[2009]21号)第5, 6条。

[3] 最高人民法院による特許権侵害をめぐる紛争案件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈の二(司法解釈[2016]1号)第12条。