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出願日以降に提出された実験データが特許の実施可能性要件を証明できるのか

作者:張 涛 | 更新しました:2022-05-17 | ビュー:

(2014)最高人民法院行提字第8号判決書


化学分野における特許無効審判案件およびその後の行政訴訟案件において、実験データを追加提出することによって、特許が実施可能要件を満たすことを証明しようとすることがある。出願日以降に追加提出された、実施可能要件を証明するための実験データの採用について、最高人民法院は本件で判断基準を確定した。


【案件経緯】

Warner-Lambert社は、特許96195564.3の権利者である。

 北京嘉林製薬有限公司及び張楚(個人)は上記特許について国家知識財産局審判部に対して無効審判を請求した。審判部が審判を経て第13582号無効審決を下し、本特許が中国特許法第26条第3項に規定される実施可能要件を違反したという理由で、本特許の全部無効と認定した。

上記審決について、ワーナー・ランバート社には不服があり、北京市第一中級人民法院に行政訴訟を提起した。しかしながら、北京市第一中級人民法院は一審判決において審決を維持した。その後、北京市高級人民法院は一審判決を取消したが、最高人民法院による再審判決で、二審判決を取り消し一審判決を維持したという最終判決を下した。


【最高人民法院の観点】

本件争点の一つは、Warner-Lambert社が出願日の後に提出された実験に係る証拠(以下、実験証拠と称する)は、当業者が明細書の内容に基づき本特許を実現することを証明できるかどうかにある。

これについて、最高人民法院は判決書に判断基準を明確に示している。

即ち、特許の出願日後に追加提出された、明細書の記載が実施可能要件を満たすことを証明するための実験データについて、当該実験データによって、当業者が出願日前の知識と認知能力を以て、明細書の開示内容に基づき当該発明を実現することを証明できる場合、当該実験データが考慮されるべきである。当該証拠が出願日後に追加提出されたものであるとの理由だけでそれを拒否してはいけない。

本件について、最高人民法院はWarner-Lambert社が提出した実験証拠における結晶製造方法は本特許の結晶製造方法と比べて加熱時間と冷却方法において相違していると認定した。

加熱時間について、本特許では「混合物を51〜57℃で少なくとも10分間加熱し」となったが、実験証拠では、加熱時間は17時間であった。

これについて、Warner-Lambert社は、下記のように説明した。特許に記載した製造方法は大規模の工業製造方法であり、反応物が1300リットルを超えているため、10分間しか加熱していないが、自然に冷却する場合であっても、反応体系が依然として温度を40℃以上に長時間にわたって維持することができる。一方、実験証拠に採用された方法は小規模の実験室方法である。そして、明細書の内容に基づき、当業者は、結晶をよりよく形成するように反応物を高い温度で長時間にわたって加熱し、17時間の加熱時間を採用することを容易に想到できる。

最高人民法院は異なる意見を示した。

実験規模の相違によって、温度低下の速度も異なることが確実だが、明細書に記載した大規模製造から実験室規模の製造に変更する場合、加熱時間をどのぐらい延長することで本特許の水和物を実現できるかについて、当業者は明細書の内容から容易に想到できない。

冷却方法について、本特許において、「15〜40℃まで冷却する」しか記載されていないが、実験証拠において、「53℃から室温まで冷却するにあたり、10時間かかった」と記載した。明らかに、このような冷却は制御されて行われるものであり、自然的な冷却ではない。

最高人民法院は次のような観点を明示した。

特許にかかる水和物を得るために、いかに温度低下速度を制御すべきか、当業者は明細書から想到できない。

上記の理由に基づき、最高人民法院は、上記実験証拠は「当業者が出願日前の知識と認知能力を以て、明細書の開示内容に基づき当該発明を実現する」ことを証明できないと認め、この実験証拠を受け入れることができないと認定した。

本件において、最高人民法院は、実施可能性要件について、出願日後に追加提出された実験データの受け入れ基準を明確にした。本件の判決は、これ以降の特許審査実務及び審査指南の改正に対して深い影響を与えていた。


出所:最高人民法院知的財産重大案件集(2020年7月第1版)