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中国における実用新案出願の現状と動向

作者:孫杰 | 更新しました:2023-02-16 | ビュー:


 1.実用新案出願件数の変化

 中国の実用新案出願量は2014年に86.8万件で、当時の特許出願量の92.8万件より少なかったが、毎年大きな成長幅が実現され、2020年までに292.7万件にも達し、特許出願量149.7万件の2倍近くに達した。 2021年に、実用新案出願量は285.2万件で、登録量は312万件で、5年で初めて登録量が出願量を超えた。

 しかし、これらの数多くの実用新案出願には、革新を保護するを目的ではなく、企業が単なるハイテク企業の資格や専利出願補助金などを取得するために提出した出願が多く混じっている。このような出願は技術レベルが低く、データが真実ではないなどの問題があり、中国知的財産権局によって「非正常出願」と定義されている。

 2017年以降、中国知的財産権局は「非正常専利出願」の識別に着手し、2021年にはさらに取締まりを強化した。2021年に、特許出願を含めて81.5万件の非正常専利出願が通報され、出願取下げ率は9割を超えた。その影響によるか、実用新案の復審件数は2019年の10248件から2021年の2153件に激減した。


中国知的財産権局2021年度報告データ

年代

復審データ/出願

総量

タイプ

数量

2017

34123/307w

特許

28472/ 138.2w

実用新案

5236/ 168.8w

2018

37875/361.4w

特許

28695/ 154.2w

実用新案

8733/ 207.2w

2019

55354/336.9w

特許

44138/ 140.1w

実用新案

10248/ 226.8w

2020

54670/442.4w

特許

49988/ 149.7w

実用新案

4073/ 292.7w

2021

76093/443.7w

特許

73601/ 158.6w

実用新案

2153/ 285.2w

出所:https://new.qq.com/rain/a/20220723A09AL600


2.実用新案無効案件の状況 

 「非正常専利出願」の取り締まりにより、実用新案の出願にある程度の抑制効果があるが、膨大な出願や実用新案権が存在しているため、権利者の権利行使の意欲にはあまり影響がなく、実用新案をめぐる紛争が依然として高水準にある。無効審判のデータを見ると、実用新案の無効案件数はずっと特許よりも高く、2017年~2020年は年間100~300の成長量を維持し、2021年は2020年よりも600件余り増加し、3330件に達した。特許の2倍近くにもなった。


中国知的財産権局2021年度報告データ

年代

無効審判データ

総量

タイプ

数量

2017

4565

特許

1126

実用新案

1948

2018

5235

特許

1387

実用新案

2166

2019

6015

特許

1403

実用新案

2499

2020

6178

特許

1442

実用新案

2644

2021

7628

特許

1713

実用新案

3330

出所:https://new.qq.com/rain/a/20220723A09AL600


 実用新案について進歩性の判断基準が特許より低いため、実用新案権が無効しにくい印象が与えられる。実用新案は初歩審査しか必要としないため、権利化が比較的に容易である。一方、その進歩性を判断する際に、『審査指南』には引例の数と技術分野の制限がある。具体的に、実用新案について、実用新案の所属する技術分野で従来技術を考慮すること、さらに、一般的に1つまたは2つの従来技術を引用してその進歩性を評価することが『審査指南』に明確に規定されている。

 2019~2021年の実用新案と特許の無効審判の結果を比較すると、特許権が有効に維持する割合はそれぞれ53.8%、55.8%、60.4%であるのに対し、実用新案権が有効に維持にする割合はそれぞれ40.9%、42.6%、40.2%である。つまり、実体審査が不要で、権利化がより早く、出願費用がより低い実用新案は、特許に比べて、有効に維持する割合はそれほど低くはない。


中国知的財産権局2021年度報告データ

年代

無効審判データ

総量

タイプ

数量

無効審判の結果

割合

2019

6015

特許

1403

全て無効

31.7%

一部無効

14.5%

有効性を維持

53.8%

実用新案

2399

全て無効

45.6%

一部無効

13.6%

有効性を維持

40.9%

2020

6178

特許

1422

全て無効

25.3%

一部無効

14.9%

有効性を維持

55.8%

実用新案

2644

全て無効

39.2%

一部無効

18.2%

有効性を維持

42.6%

2021

7628

特許

1713

全て無効

24.7%

一部無効

15.0%

有効性を維持

60.4%

実用新案

3330

全て無効

42.0%

一部無効

17.8%

有効性を維持

40.2%

出所:https://new.qq.com/rain/a/20220723A09AL600


 また、実用新案権侵害事件の平均賠償額は特許権侵害事件より低いが、賠償額が非常に高いケースもある。例えば、グリーvsオックス事件では、二審判決の賠償額は4000万元であって、寧徳時代vsターフェル事件では、一審判決の賠償額が約2300万であった。 

このような状況で、権利者が実用新案制度を利用し発明を保護する意欲は依然として強いと感じられる。


3.実用新案制度の変化と対応

 1985年に中国は実用新案制度を導入した後、いろいろな制度の見直しが行われた。1992年に実用新案権の保護期間を10年まで延長し、2000年には登録後に新規性、進歩性、実用性に関する実用新型検索報告制度が追加された。さらに、2008年に初歩審査の範囲を適切に拡大し、実用新案検索報告書を専利権評価報告書に変更し、評価内容も拡大した。しかし、2008年の制度改正から現在まで、14年間大きな変更がない。現在の実用新案制度は革新保護に非常に重要な役割を持っているが、その一部の規定は現在の社会発展から乖離し、いくつかの問題が存在する。

 例えば、2022年、全国人民代表大会の代表は革新性の低い専利権を利用して訴訟提起などのような専利権濫用のことを指摘し、実用新案が実体審査を行わないことを利用し、革新性のない技術案を数多くの実用新案として出願したことは、「問題専利」の1つの由来となるとの意見を示した。このような「問題専利」の存在により、公衆利益を著しく損害し、それに基づく訴訟を対応するため、被告は多大なコストと代価を払って自分の権利を保護する必要があり、市場競争環境を悪化することになることが懸念されている。

 この指摘に対して、中国知的財産権局は「実用新案の権利付与品質をさらに向上させるために、実用新案制度の改革を積極的に推進し、『専利法実施細則』の改正草案では、明らかな進歩性の審査を実用新案の初歩審査に組み入れ、さらに『専利審査指南』も相応に改正し、関連する審査基準をさらに完備させる」と回答した。

 この背景で、中国知的財産権局は202183日に公表した『専利審査指南改正草案(意見募集稿)』に、実用新案出願について「明らかな進歩性」を審査する規定が提案されていた。この『専利審査指南改正草案(意見募集稿)』では、「初歩的な審査で、審査官は実用新案出願に対して明らかに新規性進歩性がないかどうかを審査しなければならない」と規定されている。

 実用新案の審査基準の大幅な変更は、中国知的財産権局が「問題専利」を撲減する決意を示している。しかし、これによっていくつかの疑問も生じた。例えば、

1.実用新案も進歩性審査を行う以上、特許との区別は明らかではなくなり、実用新案制度を直接廃止したほうがよいか。

2.「明らかな進歩性」における「明らか」の判断基準が明確になれるか。

 3.実用新案の初歩審査の基準を強化するより、実用新案の進歩性判断基準を変えたほうがよいか。

 最終的な審査指南の改正内容がまだ確定していないが、中国知的財産権局は実用新案の審査基準の変更に対してかなり慎重な態度を持っていると考える。しかし、「問題専利」の存在により、技術革新を阻害し、専利法をもってイノベーションを促進する立法の本意に反する。したがって、制度上の見直しがなくても、実用新案の品質を高めるよう、実務上に実用新案の審査基準を調整し、実用新案出願をさらに厳しく審査することが間違いない。

 いろいろな変化があるが、実用新案出願は、特許出願に比べて、時間コスト、経済コストの面で顕著な優位性があり、出願人、特に中小企業にとってそれなりのメリットがある。この制度をよりよく活用するため、登録前の初歩審査であろうと、登録後の権利維持であろうと、変革の時を迎えて、出願人が適時に対応する必要がある。

 将来、「明らかな進歩性」の審査が導入されると、「明らか」かどうかは、審査官の裁量によることもあるが、審査官とのタイムリーなコミュニケーションがこれまで以上に重要になると考える。また、実用新案の進歩性判断の基準を厳しくなると、実用新案の安定性への要求がより高くなり、出願前により十分に従来技術調査を実施する必要がある。そうでなければ、登録が難しくて、権利維持も難しいことに直面する可能性がある。 


参考文献:

2021年国家知的財産権局年報』、中華人民共和国国家知的財産権局

『中国実用新型専利制度の発展状況』、中華人民共和国国家知的財産権局

『国知局のデータからみる実用新案の問題、進歩性審査だけではない』、呉征(https://new.qq.com/rain/a/20220723A09AL600)