1.背景
中国における特許制度の完備、特許制度の社会における大幅な普及及び長期にわたる実践に伴い、特許に関わる関連制度と理念に対する理解が深まっただけでなく、社会経済の発展のさまざまな面に影響を与えている。だが、それと同時に、特許権侵害の手口も想像していた以上に多様化している。特許技術をまるごと複製して実施するような特許権侵害の行為(いわゆる「文言侵害」)は現在ではほぼ見られない。権利侵害者は特許権者による法的追及から逃れるために、特許技術をあたかも新しいものであるかのようにいろいろと細工を仕掛け、当該技術を実施することが多い。このような状況に直面し、このような特許権侵害行為を根絶やしにするために、中国特許法においては「均等侵害」の権利侵害判定原則が確立された。
ところが、「均等侵害」の原則が適用されていくなかで、議論に値する問題が浮上する。例えば、本文で紹介する「改劣発明」に対する権利侵害判定においては、「均等侵害」の原則を適用する場合でも、司法実践の発展にともなって、異なる理解や判例が下されることが見られる。
中国国内の知的財産司法分野において展開されてきた「改劣発明」に対する議論に従い、特許権侵害に当たるか否かをめぐって、その結論が変化する場合も幾度かある。しかし、「最高人民法院による特許権侵害紛争案件の審理における法律適用に対する若干の問題への解釈」(2010年1月1日)の公布・実施により、「改劣発明」に対する権利侵害判定について、比較的に明確な法的根拠が提供されるようになった。一方、「改劣発明」に対する権利侵害判定の細部に関しては、北京市高級人民法院に発表された「特許権侵害判定指南(2017)」においてより細かに規定されている。本文では、関連案件を例示しつつ、各種類の「改劣発明」に対する権利侵害判定の原則について紹介する。
2.「改劣発明」の定義及び分類
2.1.「改劣発明」の定義
中国では、「改劣発明」は、「改劣技術」、「改劣行為」、「劣化発明」などとも称される。北京市高級人民法院は「特許権侵害判定の若干の問題に関する意見(試行)」(2001年9月29日発布)の第41条では、「改劣発明」に対して以下のように定義を下した。すなわち「特許のクレーム中の個別必要技術的特徴を故意に省略することにより、その発明を性能と効果において元の特許発明よりも優れない劣る発明にする」ことである。しかし、長期間にわたる司法実践を通じて、前記定義の内容だけでは「改劣発明」の意味を全面的に反映することが不十分になってきている。前記定義においては、「改劣発明」とは特許のクレーム中の個別技術的特徴を省略してなる発明のみを指すことが明らかである。だが、実際の状況では、個別技術的特徴の省略でなく、個別技術的特徴を置き換えるという「改劣発明」も多く見られる。いうまでもなく、このような技術的特徴を置き換えた「改劣発明」は前記定義に含まれていない。
「改劣発明」の定義に関し、北京市高級人民法院の劉暁軍裁判官は、「改劣行為というのは、特許の発明を変更し、かつこれにより技術効果を下げる行為を指す」と認めている(「改劣行為による特許権侵害に関する研究」、法律適用、2006年第4号)。筆者は当該定義に比較的に同意する。
以上、ここで「改劣発明」を、「特許発明を変更し、且つその特許発明の技術効果を下げる、または実現できないようにする発明のことである」と定義する。
2.2.「改劣発明」の分類
プラクティスにおいて、通常、「改劣発明」は以下の二種類に分けられる。
一つは、「省略型改劣発明」である。
この種類の「改劣発明」は北京市高級人民法院の前記定義における「改劣発明」と類似しており、すなわち、発明の一つまたは複数の技術的特徴を省略し、これにより、省略された一つまたは複数の技術的特徴が対応する技術効果も低減されまたは実現できなくなる。
もう一つは、「置き換え型改劣発明」である。
この種類の「改劣発明」は発明のうち一つまたは複数の技術的特徴をその他の技術的特徴に置き換える。これにより、置き換えられた一つまたは複数の技術的特徴が対応する技術効果も低減されまたは実現できなくなる。
3.改劣発明の権利侵害判定
3.1.中国特許権制度における権利侵害判定
中国では、権利一体の原則(All Elements Rule)に基づく「文言侵害」と「均等侵害」の二種類の判定方法が採用されている。
「改劣発明」に関しては、その構成は特許発明とは必然的に相違していることから、ここでは「均等侵害」による判定のみ考察する。
最高人民法院は「特許紛争案件の審理における法律適用問題に関する若干の規定」の第十七条では、均等論の「均等な技術的特徴」に対し、以下のように規定している。すなわち「均等な技術的特徴とは、(特許クレームに)記載された技術的特徴と基本的に同じ手段により、基本的に同じ機能を実現し、基本的に同じ効果をもたらし、且つ当該領域の普通の技術者が被疑侵害行為の発生時に創造的な労働を経なくても連想できる特徴を指す」。
前記規定は中国における「均等侵害」の判定基準を定めている。具体的に、ある特徴が「均等な技術的特徴」に該当するか否かを判定するとき、以下の条件を同時に満たさなければならない。
①クレーム中の対応特徴と基本的に同じ技術手段に該当する。
②クレーム中の対応特徴と比べて、基本的に同じ機能を実現できる。
③クレーム中の対応特徴と比べて、基本的に同じ効果を達成できる。
④クレーム中の対応特徴から容易に連想できる。
3.2.「省略型改劣発明」の権利侵害判定
「省略型改劣発明」の特徴は、当該「発明」の発明が特許技術の発明と比べて、一つまたは複数の技術的特徴が欠落しているところである。換言すれば、特許技術の発明には、「省略型改劣発明」の発明には見られない技術的特徴が一つまたは複数存在されている。
この状況において、特許発明には「省略型改劣発明」の技術的特徴に対応できない技術的特徴が存在されるため、前述した「均等侵害」が適用される場合、論理的に違和感が多少ある。
2009年以前、こうした「省略型改劣発明」の権利侵害判定をめぐって、「均等侵害」を強引に適用して「省略型改劣発明」が特許権を侵害したという判定が下されたといった案件がよく見られる。例えば、(2003)粤高法民三終字第245号民事判決、(2007)湘高法民三終字第10号民事判決などが見られる。
ところが、2009年、最高人民法院は、張建華と瀋陽直連高層供暖技術有限公司及び瀋陽直連高層供暖インターネット技術有限公司との特許権侵害案件に対する判決において、「権利侵害と訴えられた発明にクレームに記載の一つまたは複数の技術的特徴を欠けている場合、人民法院は権利侵害と訴えられた発明がクレームの範囲内ではないと認定すべきである」と指摘した。これにより、「省略型改劣発明」が特許権を侵害しないという基本的な判定原則が明らかに確立されている。
上記案件以降、最高人民法院がその後に発布した「特許権侵害紛争案件の審理における法律適用に対する若干の問題への解釈」の第七条において、「クレームに記載のすべての技術的特徴と比べて、権利侵害と訴えられた発明が、クレームに記載の一つ以上の技術的特徴を欠けている、または一つ以上の技術的特徴が同一でもないし均等でもない場合、人民法院は当該発明が特許権の範囲内ではないと認定すべきである」と明確に規定されている。
つまり、最高人民法院は「省略型改劣発明」の権利侵害判定の原則を明確に確定している。言い換えれば、「省略型改劣発明」が権利侵害に該当しないと明確に確定しているのである。
ただ、留意すべきは、最高人民法院が省略された技術的特徴について言及する際、前記省略された技術的特徴が本発明の課題を解決するに必要な技術的特徴なのか、もしくは非必要な技術的特徴なのかを区別していないことである。したがって、特許発明の課題解決に非必要な技術的特徴(この場合、何ら技術効果を有しない技術的特徴を含む)を省略したとしても、省略後の発明は依然として権利侵害に該当しないと認定できる。
最高人民法院の上記規定は、当該第七条に規定されている「人民法院は権利侵害と訴えられた発明が特許権の範囲内に該当するか否かを判定する際、請求人が主張するクレームに記載のすべての技術的特徴を審査すべきである」という規定とともに、中国の特許制度における、権利侵害判定に関する「権利一体の原則」を確定している。
最高人民法院の上記規定は、制度上の価値と案件の審理に対する指導的意義を大いに有するものであるといえる。
まず、登録された後のクレームの公示作用及びこれによる公信力が強調された。
登録された後のクレームの範囲に対して、クレームに記載されたすべての技術的特徴により限定された技術的範囲に準拠しなければならないことが強調されるようになった。すべての技術的特徴により限定された技術的範囲のみが、唯一で確実に確定できるクレームの範囲であると同時に、当該クレームが権利化できる根本的な事実根拠でもある。一つまたは複数の技術的特徴を減らすことによって拡大されたクレームの範囲をもとに権利行使する場合、この拡大されたクレームの範囲は公権力による認定が得られず、公信力がないと判断すべきである。
次に、技術の研究開発と利用の合法的範囲を明確にし、市場取引の安全性を維持する。
特許の範囲がクレームの文字による記載をもとに唯一確定できる範囲となってこそ、当該特許の技術は明確な境界があると言える。この場合、当該特許技術に対する継続的な研究開発及び商業上の利用が合法的であるかどうかは、確認できるものになる。また、当該技術を利用する商取引においては、クレームの範囲が数個の技術的特徴を省略することで変化させると、商取引の過程でトラブルの種を植え込み、予見できない権利衝突を引き起こす危険性も招いてしまう。
さらに、特許書類の質を高め、審査の煩雑さを最小限にとどめる。
最高人民法院の上記規定に基づき、権利侵害判定において、クレームに記載の技術的特徴をすべて考慮しなければならない。こうして、クレームを書くとき、より少ない技術的特徴を以て発明を表現することが求められる。逆に言えば、もし一つまたは複数の技術的特徴を欠けた発明は依然として権利範囲内であると判定されたら、出願人がクレームを書く際、検索の難しさを高め且つ権利化の確率を高めるために、必ずしも非必要な技術的特徴を必然的に多く書き加えることになる。しかし、このような行為が原因で、特許書類の質が下がるだけでなく、審査官の検索と審査の難しさが増し、審査の煩雑さを招いてしまう。
3.3.「置き換え型改劣発明」の権利侵害判定
「置き換え型改劣発明」の特徴は、技術的特徴を置き換えられた発明の各技術的特徴が、基本的に特許発明における各技術的特徴に対応していることにある。当然ながら、「一対複数」または「複数対一」の状況もある。
したがって、「置き換え型改劣発明」に「均等侵害」が適用できるか否かを判断する際に、重要なのは、置き換えられた技術的特徴と、特許発明における対応の技術的特徴とが「均等な技術的特徴」に該当するか否かを判断するにある。
これに対し、最高人民法院は、「特許権侵害紛争案件の審理における法律適用に対する若干の問題への解釈」の第七条において、「クレームに記載のすべての技術的特徴と比べて、権利侵害と訴えられた発明が、クレームに記載の一つ以上の技術的特徴を欠けている、または一つ以上の技術的特徴が同一でもないし均等でもない場合、人民法院は当該発明が特許権の範囲内ではないと認定すべきである」と明確に規定されている。
さらに、北京市高級人民法院は「特許権侵害判定指南(2017)」の第129条では、以下のように規定している。
下記の場合は同一でもないし均等でもないとみなされる。
(3)権利侵害と訴えられた発明では、クレームに記載の個別の技術的特徴を省略し、または簡略な、もしくは低レベルの技術的特徴によってクレームに記載の対応技術的特徴を置き換えて、クレームに記載の前記技術的特徴に対応の性能と効果を切捨て、もしくは著しく低下させることによって改劣発明を形成する場合。
北京市高級人民法院は上記規定において、「簡略な、もしくは低レベルの技術的特徴によってクレームに記載の対応技術的特徴を置き換えて、クレームに記載の前記技術的特徴に対応の性能と効果を切捨て、もしくは著しく低下させることによって改劣発明を形成する」場合、こうした置き換えに用いられる「簡略な、もしくは低レベルの技術的特徴」が「均等な技術的特徴」に該当しないことを明確にしている。
北京市高級人民法院の上記規定に対し、以下のように理解している。
まず、技術的特徴の置き換えが行われた後、「改劣発明」もそれに伴い、特許の発明の対応技術的特徴の技術効果が失われる場合、当該技術的特徴は「均等な技術的特徴」に属さなく、こうした「置き換え型改劣発明」は「均等侵害」の原則に適用せず、特許権侵害に該当しない。
次に、技術的特徴の置き換えが行われた後、「改劣発明」の発明のうち、特許発明に対応の技術的特徴による技術効果が著しく低下する場合、当該技術的特徴は「均等な技術的特徴」に属さなく、このような「置き換え型改劣発明」は「均等侵害」に適用せず、特許権侵害に該当しない。
さらに、上記規定では、「性能と効果」を、係争特許の実際に解決しようする課題が対応する性能と効果なのか、それとも係争特許の実際に解決しようする課題以外の性能と効果なのかとして、区分がなされていない。したがって、当該効果が本特許出願の実際に解決しようする課題が対応する効果ではないにしても(例えば、従来技術で既知の効果であっても)、技術的特徴の置き換えが行われた後の「改劣発明」は依然として特許権を侵害しない。
また、北京市高級人民法院は上記規定において「性能と効果を低下させる」場合については、「性能と効果を著しく低下させる」場合のみが、「均等な技術的特徴」に属しなく、「均等侵害」に該当しないと認定可能であることを強調している。
それでは、上記規定の「著しい低下」の程度をいかに把握すればよいのか。その効果が低下しているがそれほど著しく低下していないのであれば、「基本的に同じ効果」に属するのか、それとも「性能と効果の著しい低下」に属するのか。
この問題に対して、最高人民法院の上記司法解釈及び北京市高級人民法院の上記規定ではいずれも「剛性」な画定がなされていない。筆者は、法律がこの点において裁判官に裁量権を与えていると思っている。つまり、裁判官は案件の実際状況に基づいて「著しい低下」に該当するか否かを判断することができる。
判例を挙げると、イーライリリー・アンド・カンパニーと常州華生製薬有限公司との特許権侵害紛争案件において、華生製薬有限公司はイーライリリー・アンド・カンパニーの特許方法におけるステップ(a)をステップ(a’)に変更した。この変更により、目標製品の歩留まりが低下している(但し、依然として目標製品が得られる)。最高人民法院は当該案件の審理にあたって、前記歩留まりの低下は比較的に大きな相違点となったため、変更後のステップ(a’)と特許方法のステップ(a)とは「均等な技術的特徴」に属さないと判定した((2015)民三終字第1号判決書)。
もう一例を挙げると、ダイソン技術有限公司と、蘇州捷尚電子科技有限公司、エコバックス電器有限公司、エコバックスロボット有限公司との特許権侵害紛争案件の審理において、争点が以下となる。すなわち、手持ち式クリーニング設備では、被疑侵害品における「扇風機、モーターが主体の基部表面の斜め上に設置されている」という特徴と、特許クレームに記載の「扇風機、モーターが主体の基部表面の上に設置されている」という特徴が「均等な技術的特徴」に該当するか否かである。江蘇省高級人民法院が本案件をめぐって以下のように判断している。特許技術では、扇風機、モーターが主体の基部表面の上に設置されていることで、扇風機とモーターによる使用者の腕にかかれたトルクを低下・解消し、使用中に現れる腕の緊張と疲労を緩和させるといった技術効果を有する。一方、被疑侵害品の中で、使用中の腕の緊張と疲労を緩和させるという効果が十分に実現できなかった。したがって、両者は技術効果の面においては明らかに相違し、「均等な技術的特徴」に属さないと認定した((2015)蘇知民終第178号民事判決書)。
以上の二つの判例からもわかるように、裁判所は「基本的に同じ効果」及び「性能と効果の著しい低下」という二つの法的概念を確定する場合、「性能と効果の著しい低下」に対してより広い範囲を与えるが、「基本的に同じ効果」に対する認定はより厳しく、慎重に進める傾向がある。
このような判断基準に関しては、以下の原因があると考えられる。
一つ目は、こうした判断は実質上、「均等侵害」に対する制限である。「性能と効果の著しい低下」の範囲を拡大すると同時に、「基本的に同じ効果」の範囲を狭めることが原因で、「均等侵害」の適用範囲がより狭く、厳しいものとなった。だが、これは実際、登録クレームの公示作用と公信力に対する強調でもある。
二つ目は、北京市高級人民法院は以下の観点を打ち出している。模倣は技術革新と進歩の起点となり、現在のいかなる科学技術の発展は模範となる先行研究から離れられない。実際、多くの発明は従来の技術に対して、技術的特徴の変更から始まったのである。したがって、合法的な模倣、複製、借用を励ますべきである。この観点で言えば、技術的特徴変更による効果の低下を「基本的に同じ効果」として判定するようになれば、技術の進歩に有益とは言えないことが強調されている。
4.特許権者側の対応策
以上の内容からみると、二種類の「改劣発明」に対して、特許権者が権利行使するにはある程度の障害がある。これに対し、以下の提案が考えられる。
4.1. 特許出願のクレームを作成する際、技術課題の解決に必要ではない技術的特徴を記載しないこと。中国では、均等論を適用する際に、クレームに記載した技術的特徴に一様に適用するので、必要ではない技術的特徴を記載すると、他人による「省略型改劣発明」がより出やすい。
4.2. 「省略型改劣発明」が上記司法解釈により非侵害と明確に確定されているのに対し、「置き換え型改劣発明」は権利侵害として認定される可能性があることから、権利行使する場合、クレーム解釈によって、「省略型改劣発明」をできるだけ「置き換え型改劣発明」に転換すること。こういった転換の方法としては、本特許のクレームまたは権利侵害製品の技術的特徴を一つの技術的特徴に改めて組み合わせることにより、本特許クレームの技術的特徴と、権利侵害製品の各技術的特徴とを逐一対応させるなどが挙げられる。
5.終わりに
数多くの権利侵害案件において、「改劣発明」は被疑侵害者が非侵害抗弁の1つの手段として使われる。特に、研究開発の投入コストの高く、難度の高く、市場の収益もそれなりに大きいが、模倣が比較的にされやすい製品に対して、権利侵害者は簡単な改劣行為を通して、権利侵害のリスクを回避することもある。したがって、このような特許にとって、特許出願書類の作成から、将来に発生可能な「改劣発明」に十分留意しなければならない。それと同時に、権利行使の段階において、権利侵害者が「省略型改劣発明」の手段で権利侵害責任から逃れるのを防ぐために、柔軟な方法でクレームの技術的特徴を画定・解釈することが1つの対応策となる。